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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第四章】世界が動き出す

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第58段階:神代の英雄たち

結界管理室。


「申し訳ありません、閣下! 敵の本命が既に結界の内側へ侵入しています!」


常に沈着冷静なカシアンの顔に、明確な焦燥が浮かんでいた。

魔導盤の中央では、フェイのいる本陣へ向かって、極小の光点が確実に移動を続けている。


ルシウスは、その明滅する光点を数秒間、無言で見つめた。

そして、静かに一言だけ紡いだ。


「……返す」


その言葉の意味を、カシアンは即座に理解し、僅かに目を見開いた。


かつて神々を殺し、世界を滅ぼした魔導王ルシウス。

彼は何百年もの間、魔導宮の使用人たちから「老い」を引き受けるように、その若さの一部を自らの魔法の中へ預かっていた。

同じ時を生き、誰一人として老衰によって先に失われることのないようにするためだった。


今、その長きにわたる封印が、一時的に解除された。


ルシウスの身体から、白銀の光が静かに溢れ出す。

無属性魔法によって生み出されたその光は、瞬く間に魔導宮全域へ広がり、北、南、上空、地下、正門と、それぞれの戦場で戦い続ける守護者たちの身体を優しく包み込んだ。


まるで、彼らだけの時間が巻き戻されていくようだった。


北の厨房跡。


白銀の光に包まれた料理長ガロンの身体が、みるみるうちに変化していく。

白髪の混じっていた髪は艶のある赤みがかった茶色へと戻り、刻まれていた皺は消え、厚みのある身体は二十代後半の頃の引き締まった筋肉質な体躯へと変わった。


戦場に立っていたのは、もはや人の良い料理長ではない。

快活で精悍な顔立ちをした、炎王と恐れられていた全盛期のガロンだった。


彼は自分の手を何度か握り直し、ニヤリと笑う。


「……へっ。久しぶりだな、この身体」


目の前で起きた完全なる若返りに、世界屈指の水魔導師たちが驚愕して固まる。

ガロンはそんな彼らを見据え、片手を天へ掲げた。


周囲の空気が、一瞬で灼熱へと変わる。


「灰になれ。炎極大魔法――『Muspelheimrムスペルヘイム』」





南の地下水路。


「……少々、若返りすぎましたね」


既に敵の大将を撃破し、静かに戦場を見渡していたアルヴィンもまた、白銀の光へ包まれていた。


見た目は二十代前半。

透き通るような銀髪に、均整の取れた端正な顔立ち。

王族と並んでも何の違和感もないほど気品に満ちた美青年へと姿を戻している。


困ったように自分の手を眺めるアルヴィンの周囲では、倒れ伏していた敵の魔導師たちすら、思わず彼の顔を二度見していた。


「戦闘は、もう終わっているのですが……」


本人だけが、少し困っていた。





上空。


司書ゼフィールの身体を包んでいた白銀の光が消える。

彼は静かに眼鏡を外した。


現れたのは、艶のある黒髪と鋭く知的な顔立ちを持つ、二十代半ばほどの青年。

かつて「風神」と畏怖されていた頃の姿だった。


白い暴風の向こうでなお抗おうとする天空将軍たちを見つめ、ゼフィールは静かに微笑む。


「では、そろそろ本を閉じるとしましょうか」


彼の指先が、空へ向けられる。


「風極大魔法――『Hraesvelgrフレースヴェルグ』」





地下から裏庭へ続く戦場。


庭師ローデンの身体にも変化が起きていた。

年齢とともに少しずつ失われていた筋肉が瞬く間に蘇り、肩幅の広い、筋骨隆々とした二十代後半の肉体へと戻っていく。


ローデンは一度だけ肩を回した。


「……身体が、軽い」


その言葉に応えるように、大地が低く鳴った。

地面の奥深くから幾重もの地脈が呼応し、まるで久方ぶりに旧友との再会を喜ぶように、土と岩が彼の足元へ集まっていく。


ローデンは静かに掌を大地へ向けた。


「土極大魔法――『Ymirユミル』」





そして、正門。


「まぁ……」


白銀の光が消えた時、そこに先ほどまでの老婦人の姿はなかった。


六十代だったエマは二十代後半ほどまで若返り、柔らかな面影を残しながらも、目を奪われるほど艶やかな美女へと姿を変えていた。

豊かな髪が風に揺れ、女性らしい曲線を描く身体には、かつて「雷姫」と呼ばれた頃の華やかさが完全に戻っている。


敵部隊は、一瞬だけ言葉を失った。

雷帝までもが、目の前の女が先ほどまで腰を押さえていた老婦人と同一人物だとは信じられないような顔をしている。


エマはそんな視線など気にも留めず、ゆっくりと腰を捻ってみた。


「まぁ……久しぶりですこと」


もう一度、軽く身体を動かす。


「痛くありませんわ」


その笑顔が、僅かに悪戯っぽいものへ変わった。


「それでは、私も少しだけ本気を出しましょうか」


エマが空へ向かって人差し指を掲げる。


途端に空が暗くなり、厚い雷雲が魔導宮の正門上空へ渦巻き始めた。

轟音とともに雲が真っ二つに割れ、その奥から、城壁すら見下ろすほど巨大な雷の精霊がゆっくりと姿を現す。


「おいでなさい。雷の精霊王――【トニトルース】」


雷帝の顔から、完全に血の気が引いた。

各戦場で、全盛期を取り戻した魔導宮の守護者たちが一斉に極大魔法を解放する。


それまで彼らを足止めしていた各国の精鋭たちが、必死に構築してきた対策も、緻密な術式も、もはや意味を成さなかった。

彼らは皆、神代の戦争を生き抜いた者たちだった。

神々だけではない。

天界より降りた天使の軍勢。神血を引く巨人族。神々に従う異形の眷属たち。

ルシウスと共に、それらすべてと戦い、生き残った歴戦の魔導師たちである。

その彼らが今、老いによって失われていた肉体の最盛期を取り戻した。

世界側が相手にしているのは、もはや老いた魔導宮の使用人ではない。

神々の時代を戦い抜いた、かつての怪物たちだった。


勝敗が決するまでに、そう長い時間は必要なかった。


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