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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第四章】世界が動き出す

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第56段階:雷姫、微笑む

結界管理室。



カシアンは、魔導盤の各所から上がる激しい魔力反応を冷静に処理し続けていた。

北、南、上空、地下。すべての戦場が規格外の死闘へ突入している。

そして、正門を監視する区画にも、強烈な反応が現れた。



「正門。敵戦力、三十名」


「『雷帝』率いる雷属性特殊部隊です」



相手は、各国の雷属性魔導師の頂点に立つ男。

そして彼が率いる部隊は、完璧な雷対策を講じていた。

雷を無効化する『避雷結界』。

受けた雷撃を魔力として蓄える『雷吸収魔導具』。

電気を一切通さない『絶縁障壁』。

そして、狙いを強制的に逸らす『誘雷杭』。


対する正門の守護者は。



「エマ。無理はなさらずに」


『ふふっ。ご心配なく』



通信越しに、いつもの柔らかな笑い声が返ってきた。


正門。

エマは完璧に糊の効いたメイド服姿のまま、静かに立っていた。


年齢は六十代。フェイの専属侍女であり、魔導宮の誰もが慕う心優しい老婦人。

しかし彼女もまた、かつて世界を震え上がらせた「雷姫」の異名を持つ最強の魔導師の一人であった。


ただ、昔からの持病である腰痛だけはどうにもならない。

エマはトン、と腰を軽く叩きながら、目の前の敵部隊を見据えた。


雷帝が、鼻で笑う。



「なんだ、ただの婆さんじゃないか。魔導宮も人材不足と見える」


「大人しく道を空けろ。腰を折られる前にな」



その侮蔑の言葉に、エマは怒るどころか、優しく温かな笑顔を返した。



「あら。最近は少し調子が良かったんですけどねぇ」



エマが、指先を軽く振る。

パチリ、と小さな火花が弾けた。


戦闘開始。

エマは無詠唱で次々と青白い雷撃を放つ。

しかし、その雷は敵部隊を直撃しなかった。

避雷結界に弾かれ、雷吸収魔導具に吸い込まれ、あるいは誘雷杭によってあらぬ方向へと逸らされてしまう。

エマの雷は、敵部隊へほとんど届かなかった。


そのため、エマは、敵を狙わなかった。


ドガァァンッ!



雷は、正門の巨大な鉄柱に落ちた。

屋根瓦。石畳。敵が設置した避雷結界の基点。そして、生命の樹から伸びた太い枝。

あちこちへ無作為に雷が落ちるたび、敵部隊は嘲笑した。



「狙いが定まっていないぞ、婆さん!」


「その程度の腕で雷姫とはな!」



しかし。

彼らが笑っていられたのは、最初の数分だけだった。



「……待て」



雷帝が、周囲の異変に気付いて顔色を変えた。


エマの落雷によって砕けた石畳が、敵の進行ルートを完全に塞いでいた。

倒壊した鉄柱が部隊を二つに分断し、燃え上がる木の枝が視界を奪い、地面を這う青白い稲妻が彼らの足場を狂わせる。

さらに、絶妙な位置に落ちた雷の余波が、敵の避雷結界の基点を少しずつ、しかし確実にずらしていたのだ。


雷帝は、背筋に悪寒を覚えた。



「こいつ……最初から俺たちではなく、戦場そのものを作っていたのか……!」



力押しではなく、盤面を支配する老練なる知略。

敵の動きは徐々に制限され、部隊は完全に袋小路へと追い詰められようとしていた。



「舐めるなよ!!」



雷帝が吠え、部隊全員で吸収した雷の魔力を一箇所へ解き放つ。


ズガァァァァンッ!!

光の中から現れたのは、巨大な雷獣だった。

周囲の雷を食べるほどに強大化し、無限に再生する召喚獣。

エマの雷撃すらも餌とするその化け物の登場により、戦局は一気に長期戦の様相を呈した。


エマは、雷獣の激しい一撃を紙一重でかわし、ステップを踏んで後退した。

魔力は、まだ十分に残っている。

しかし、エマの身体が悲鳴を上げていた。


走る。避ける。しゃがむ。立つ。

ただそれだけの動作の積み重ねで、持病の腰にナイフで刺されたような激痛が走る。


「くっ……」


時折、無意識に腰へ手を当ててしまう。呼吸も荒く乱れ、額には脂汗が浮かんでいた。


それでもエマの顔から、あの温かな笑顔が崩れることは一度もなかった。


雷帝もまた、絶望的な膠着に陥っていた。

巨大な雷獣をけしかけても、戦場を完全に掌握しているエマの巧妙な立ち回りを崩せない。

一歩も前へ進めず、エマを倒すこともできない。

完全な膠着状態。正門では、誰も決定打を与えられない時間だけが過ぎていく。



「困りましたねぇ……」



エマは腰へ手を添えたまま、小さく苦笑した。



「まだ、お嬢様のおやつの準備という、大切なお仕事が残っているんですけど」



しかし、無情にも

倒れかけていた巨大な雷獣が、さらに周囲の雷を喰らい、これまで以上に強大な姿となって再び立ち上がった。


エマも杖を構え直す。

魔力はある。だが、限界を迎えた足腰が、これ以上の回避行動を拒絶していた。


絶体絶命。


結界管理室。


カシアンは、魔導盤に映し出されたすべての戦場の推移を、氷のように冷たい眼差しで見渡していた。


四人の最強魔導師たちが、それぞれの戦場で完全に足を止められている。

それは、敵の戦力が想定を上回っているからだけではない。


カシアンは、手元の魔導盤を操作する手を止め、小さく、しかし確信に満ちた声で呟いた。



「……違います」


「敵の目的は勝利ではありません」


「我々を、この場へ縫い付けることです」




魔導宮の守護者たちを、各配置から一歩も動かさないための、捨て駒の軍勢。

彼らが命を懸けて稼いだその「時間」が、真の悪夢を招き入れる扉を開こうとしていることに、この時の魔導宮はまだ気付いていなかった。

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