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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第四章】世界が動き出す

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第49段階:静寂の前兆

魔導宮の朝は、久方ぶりに穏やかだった。


昨日まで連日のように押し寄せていた各国の密偵や暗殺者たちは、今日は一人として姿を見せない。


中庭の温室では、フェイが鼻歌を交じりながら安心して庭仕事をしていた。

彼女の足元では子猫たちがじゃれ合い、平和な朝の日差しがガラス屋根から降り注いでいる。



「おはよう、エマ」


「おはようございます、お嬢様。今朝はとても良いお天気ですね」



エマたち侍女も、久しぶりに本来の仕事へ戻っていた。

厨房では、煙突からの奇襲を警戒する必要がなくなった料理長ガロンが、鼻歌交じりに大鍋でシチューを煮込んでいる。

裏庭では、庭師ローデンが土の罠を張ることなく、純粋に花壇の土壌作りに汗を流し。

図書館では、司書ゼフィールが窓を閉めきり、静かな空間で古書の修復作業に没頭していた。


誰もが、すれ違うたびに同じ言葉を交わし合っていた。



「今日は静かですね」


「ええ、本当に」



平和を喜ぶ使用人たちの間で、魔導宮には久しぶりのゆったりとした時間が流れていた。


結界管理室。


薄暗い部屋の壁一面に展開された魔導盤の前に立ち、カシアンは静かに結界の波形を確認していた。

昨日までは、魔導盤のどこかしらが常に赤く点滅し、外敵の接近を知らせていた。

しかし、今日は違う。


朝。異常なし。


昼。異常なし。


夕方。異常なし。


波形は凪いだ水面のように平坦なままだった。


風に舞う木の葉が一枚、結界の表面に触れただけの微細な反応を除けば、人や魔物の接近を示す痕跡はただの一つもなかった。


カシアンは手帳を閉じ、静かに管理室を後にすると、主の待つ執務室へと向かった。

コンコン、と扉を叩いて入室する。



「閣下」



窓際の執務机で書類に目を通していたルシウスが、視線だけを動かした。



「侵入が、完全に止まりました」



カシアンの報告に、ルシウスは書類から顔を上げる。



「……そうか」



短い沈黙が降りた。

ルシウスは手元の万年筆を置き、少しの間だけ虚空を見つめ、やがて静かに呟いた。



「……妙だな」



カシアンも、深く同意するように頷く。



「私も同感です。昨日までの苛烈な調査の手が、こうも不自然に途絶えるとは。……我々の防衛力の前に、ついに諦めたのでしょうか」



常識的に考えれば、魔導宮の恐ろしさを悟り、強行偵察を断念したと考えるのが自然だった。


しかし、ルシウスはゆっくりと首を横へ振った。



「違う」



ルシウスの紫水晶の瞳が、静かに、しかし鋭く細められる。



「大きく動く前ほど、静かになる。」



その一言で、平和の空気に包まれていたはずの執務室に、冷たい緊張が走った。


諦めたのではない。

静かになった。

それが、ルシウスには何より不気味だった。


夜。


魔導宮は、深い闇と静寂に包まれていた。

結界は依然として静かなままで、誰も来ない。


温室のガラス屋根の上。

冷たい月明かりを浴びながら、黒猫のノアが細い尻尾を揺らして呟いた。


「……嫌な静けさだ」


理屈ではない勘が、遠く離れた場所で蠢く不穏な気配を捉えている。


同じ頃。

執務室の窓辺に立つルシウスは、暗闇に沈む外界の雪原を静かに見つめ続けていた。

証拠など何もない。

それでも、何かが水面下で確実に動いている。その絶対的な確信だけが、彼の胸の奥で警鐘を鳴らし続けていた。


嵐は、突然始まるものではない。


その前には必ず、

不自然なほど静かな時間が訪れる。


魔導宮は、

その静寂を見逃さなかった。

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