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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第三章】世界が見つけた少女

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第46段階:深淵への誘い

王立魔導研究院。

その地下深くに位置する禁書庫へ、青年魔導師は取り憑かれたように通い続けていた。


あの日以来、彼の頭から決して離れない言葉がある。



『僕に会えばわかるよ。』



鈴の音のように穏やかで、優しく、どこか安心感すら覚えるその声。

仕事にも研究にも全く手がつかなくなっていた。眠りにつけば夢の中にあの声が響き、目を覚ましても耳の奥に心地よい残響がへばりついている。

食事の量も極端に減り、青年の頬は痩せこけ、目の下には濃い隈が刻まれていた。


「おい、大丈夫か? 最近ひどく顔色が悪いぞ」


すれ違った同僚の魔導師から心配の声をかけられることも増えた。

しかし、青年はいつも「少し研究に没頭しているだけだ」と笑って誤魔化していた。


周囲からは疲労による幻聴だと思われているかもしれない。だが、青年の内心は違った。


(あれは、決して幻などではない)


彼の中には、もはや揺るぎようのない確信があった。自分は確かに「何か」に触れたのだ、と。


青年は、声の主を探し出すため、世界中から集められたあらゆる古文書を調べ漁った。


いにしえの封印。

歴史から失われた祭殿。

世界樹が芽吹く以前の古代遺跡。

禁忌とされた魔法の数々。


何百冊という書物を読み解き、埃まみれになっても、答えは一向に出ない。

徒労に終わる日々が続く中、青年がふと手に取った一冊の分厚い禁書から、


ぱさり、と。

一枚の古い羊皮紙が滑り落ちた。


それは、研究院のどの目録にも記録されていない、極めて古い時代の地図だった。

青年は震える手でそれを拾い上げる。

地図の中心、世界最北端に位置する、一年中猛吹雪に閉ざされた誰も近付かない山岳地帯。そこに、赤黒い染料で小さな印が付けられていた。

赤黒い印を見つめた瞬間、耳の奥で、あの鈴のような声が微かに笑った。


青年は、その瞬間に確信した。



「……ここだ」



数日後。

青年は誰にも行き先を告げることなく、一人で研究院を後にした。


目指すは極北の雪山。

容赦なく吹き荒れる吹雪が体温を奪い、飢えた魔物たちが暗闇から襲い掛かる。

さらに、古の時代から何重にも張り巡らされた複雑な結界が、侵入者の行く手を阻んだ。

過酷な旅の中で、青年は何度も命を落としかけた。


しかし、不思議なことに、彼が進むべき道を見失うことは一度もなかった。

吹雪で視界が閉ざされても、結界の迷路に迷い込んでも、まるで誰かがそっと手を引き、安全な道へと導いてくれているかのようだった。


凍える雪道の中で倒れそうになるたび、頭の中にあの声が響く。



『もう少し。』


『あと少しだから。』



それは命令でも、脅迫でもない。

暗闇の中で怯える子どもを慰めるような、どこまでも優しく温かい励ましだった。

青年は、その声が与える深い安心感だけを頼りに、重い足を前へと踏み出し続けた。


やがて青年は、雪山の地中深くに隠されていた、巨大な地下遺跡の最奥へと辿り着いた。

何千年も、あるいはもっと長い間、誰一人として足を踏み入れていない忘却の空間。


巨大な石室の中心には、空間を縛り付けるように無数の太い鎖が張り巡らされていた。

床一面に描かれているのは、青年が見たこともないほど複雑で巨大な魔法陣。

そして、その中央の台座には、一冊の『黒い本』が静かに置かれている。


青年は息を呑んだ。

周囲には誰もいない。

聞こえるのは、自分の荒い呼吸だけ。

それ以外のすべては、張り詰めた静寂に沈んでいた。


その時。

青年の頭の中へ、聞き覚えのあるあの優しい声が響いた。



『来てくれた。』



声は、待ちわびた友人と再会したかのように、少し嬉しそうに笑った。



『ありがとう。』



極度の緊張と寒さで震えながら、青年は乾いた唇を開いた。



「……お前は、誰だ」



しばらくの間、沈黙が落ちる。

遺跡の空気が、ふわりと柔らかく揺れた。



『今は、名前なんてどうでもいいでしょう?』


『君は僕に会いに来てくれた。それだけで十分だよ』



声は、青年を優しく包み込むように囁く。



『君なら、僕を助けられる。』



その甘く心地よい響きに導かれるように、青年はふらふらと一歩、魔法陣の中心へと近付いた。

恐怖はあった。

だが、それ以上に、自分を必要としてくれる声に応えたいという欲求が勝っていた。


青年は、目の前の黒い本――封印の中心へと、ゆっくり右手を伸ばした。


指先と革表紙の間に残された距離は、もはやわずかだった。


『大丈夫』


声が、耳元で微笑む。


『君ならできるよ』


青年の指先が、さらに近付く。


あと、ほんの少し。


人は未知を恐れる。

けれど同時に、答えを知りたいという欲望には抗えない。


その日、一人の青年は、世界を変える扉へ、自らの意志で手を伸ばした。

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