表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第三章】世界が見つけた少女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/71

第44段階:世界最大の祝宴

アークレイア王国の大広間は、幾千もの魔法の灯りに照らされ、息を呑むほどに眩い光に満ちあふれていた。

世界中の王族、貴族、各国の首脳陣。十年に一度の世界会議以上の規模で集結した人々が、華やかなドレスや絢爛たる正装を纏い、グラスを傾けている。そこは滅びゆく世界の現実を忘れさせるような、世界最大の祝宴の舞台だった。


重厚な大扉が開き、ルシウスとフェイが足を踏み入れた瞬間――。

それまで音楽と談笑に満ちていた会場全体の音が、すっと消え失せた。


ざわめきが波のように広がる。




「あれが……あの少女か」


「世界会議の折、魔導王が『保護下にある』と宣言した……」


「なんと、恐ろしいほどの美しさだ。まるで精霊か何かが迷い込んだようだぞ」




浴びせられる数百人もの視線。

その熱と重圧に、フェイは小さく息を呑み、思わず体がこわばった。

――怖い、わけではない。

けれど、あまりにも眩しすぎる世界に気圧されそうになる。

フェイは無意識に、隣を歩くルシウスの腕へとそっと小さな手を添えた。

自分の存在が迷惑ではないかと不安そうな目を向ける。


しかし、ルシウスは何も言わず、ただ自然に、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩を進めた。

その不器用な優しさに、フェイの不安はふっと和らいでいく。


だが、問題は周囲だった。




「おお、初めまして。美しきお嬢様。私は近隣諸国の――」


「もしよろしければ、次のダンスを私に――」




若い王子たちや、名だたる貴族の跡継ぎ、自信に満ちた若き騎士たちが、次から次へとフェイへ言い寄ってきた。

彼女の美しさ、そして魔導王の隣に立つことを許された唯一の少女という存在に、人々は強く惹きつけられていた。

フェイは戸惑いながらも、「あの、ありがとうございます……」と、その一つひとつに丁寧に対応しようとする。


その様子を横目で見たルシウスの内部で、何かが静かに、しかし確実に軋んだ。


最初は、何も思っていなかった。

ただの社交辞令だ。分かっている。

だが、別の男がフェイに近付くたび。

フェイの美しい瞳が、自分以外の男に向けられるたび。

その唇が、誰かの言葉に微笑むたび。


ルシウスの胸の奥が、得体の知れない熱と重さでざわついた。

ひどく落ち着かない。呼吸が浅くなる。




(近い)


(……見るな)


(その男に笑顔を向けるな)


(今すぐ、ここから引き剥がして帰りたい)




神々を屠った絶対的な魔導王が、人生で一度も抱いたことのない感情に襲われていた。

それが何という感情なのか、ルシウスには分からない。

ただ、自分でも制御できない執着だけが、冷徹な理性を静かに侵食していた。

ただ、誰にも渡したくないという衝動だけが、冷徹な理性をじわじわと侵食していく。


フェイが困ったようにこちらを振り返った瞬間、ルシウスは無言のまま彼女の背中に手を添え、誰にも触れさせぬよう自分の近くへと引き寄せた。

その瞳に宿った静かな威圧感に気付き、近づこうとしていた男たちは、一様に青ざめてサッと身を引いていった。


夜遅く

魔導宮へと戻った。


慣れない社交界の緊張と華やかさに疲れたのか、フェイは自室へ戻るとベッドに横たわり、すぐにスースーと穏やかな寝息を立てて眠りに落ちていた。


しかし、ルシウスは眠れなかった。

静まり返った執務室を抜け出し、彼は一人で夜の中庭、生命の樹が生い茂る温室へと向かう。


月明かりがガラス屋根を透過し、温室の中に銀色の光の束を落としている。

ルシウスは生命の樹の幹に背中を預け、あの祝宴会場で胸の奥底に渦巻いた「正体不明の熱」について思考を巡らせていた。


──あれは、一体何だったのか。

敵意ではない。怒りでもない。

ただ、胸が締め付けられ、他者へ向けられる彼女の笑顔を許容できないという、説明のつかない執着。



「……分からないな」



誰に聞かせるでもなく、静かに呟いたその時。


カサ、と。

頭上のガラス屋根から、微かな音が響いた。


顔を上げると、そこには一匹の黒猫がいた。

月明かりを背負い、気高く静かにルシウスを見下ろす、ノアだった。


ノアは細い足音を立てて屋根の縁まで歩み寄ると、黄金の瞳でルシウスをまっすぐに見据えた。

そして、あの夜の温室と同じように、人間の言葉を紡いだ。



「……ほらみろ」



ルシウスはわずかに眉を寄せたが、言葉は発しない。

ノアは小さく鼻を鳴らし、呆れたような、あるいは挑発するような口調で続けた。



「今はそこじゃない。……早くしないと、本当に取られるぞ」



ルシウスの紫水晶の瞳が、僅かに揺れた。



「世界中の男が見てた。お前だけじゃない。……分かったか?」



長い、長い沈黙が温室を支配する。

風が生命の樹の葉を揺らし、カサカサと乾いた音を立てた。

ルシウスは、その言葉に対する反論の言葉を、最後まで見つけることができなかった。

自分の中にある感情の正体を突きつけられ、ただ押し黙るしかなかった。


ノアは、満足そうに長い尻尾をゆらりと揺らした。



「せいぜい、遅れをとらないことだね」



それだけ言い残すと、黒猫は軽やかな身のこなしで夜の闇の中へと姿を消していった。


静寂が戻った温室で、ルシウスは一人、夜空を見上げる。


世界は、この日初めて魔導宮の少女を知った。

一人の少女は、自分がどれほど眩しい存在なのかを知らない。

一人の男は、自分の胸に芽生えた感情の名前をまだ知らない。


そして月明かりの下、すべてを見届けた黒猫だけが、小さく目を細めていた。


世界を滅ぼした魔法でさえ届かなかった場所へ、その小さな感情は静かに手を伸ばし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ