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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第三章】世界が見つけた少女

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第43段階:世界が見た、魔導宮のお姫様

朝。

世界連合主催、アークレイア王国第一王子成人祝賀会の当日。

常に静寂に包まれていたはずの魔導宮は、朝からかつてないほどの慌ただしさを見せていた。


人生で初めて「正式な社交界」という場へ赴くフェイのために、魔導宮の使用人たちが総出で彼女の支度に取り掛かっていたのだ。



「お嬢様、少しだけ動かないでくださいね」


「うん……」



エマを中心に、侍女たちがフェイを囲むようにして動き回る。

最高級の絹で仕立てられたドレス選び。

透き通るような白金の髪を結い上げる髪型。

ドレスの魅力を引き立てる、しかし派手すぎない上品なアクセサリー。

歩きやすいように魔法で微調整されたガラスのような靴。

そして、彼女の無垢な魅力を損なわない、ほんのりとしたメイク。


すべてを一から、最高の技術で整えていく。


しかし、主役であるフェイ本人は、終始落ち着かない様子でもじもじとしていた。




「ねぇ、エマ……。こんな綺麗なお洋服、本当に私が着ていいの?」


「転ばないかな……」


「ルシの隣に立って、恥ずかしくないかな……」




次から次へと、不安ばかりを口にする。

無理もない。彼女はほんの二年前まで、すべてが死に絶えた灰色の森で、ボロボロの服を着て一人で生き抜いていた少女なのだ。


エマは、フェイの髪に最後の花飾りを挿しながら、鏡越しに優しく微笑んで励ました。




「今日は、世界中の方々がお嬢様をご覧になります。

 閣下のお隣に立たれる、ただ一人の特別な方ですもの。

 どうか、自信を持ってくださいませ」



その温かい言葉に、フェイは少しだけ照れたように、こくりと頷いた。



「……完成いたしました。

 閣下のお召し物と並ばれた時、一番美しく見える色を選びました。」



エマが、ふぅっと満足げな息を吐いて一歩下がる。


姿見の鏡の前に立つ、ドレス姿のフェイ。

それは、言葉を失うほどの幻想的な美しさだった。

夜空に瞬く星を散りばめたような、深いミッドナイトブルーを基調としたドレス。

それは白金の髪を最も美しく映えさせる色として、エマたちが幾日も悩み抜いて選んだ一着だった。

それが彼女のマリンブルーの瞳と、白金の髪の美しさをこの上なく引き立てている。

まるで、神話の世界から抜け出してきた妖精か、あるいは真の王女のようだった。



しかし、本人だけが全くその美しさに自覚がない。


「どう……かな?」


不安そうに振り返るフェイ。


部屋へ集まっていた使用人たちは、全員が息を呑んで固まっていた。

花を持って駆けつけた庭師。

お茶の準備をしていた料理長。

侍女たち。

そして、執事たち。


誰も、言葉が出ない。

やがて、静まり返った部屋の中で、誰かがぽつりと小さく呟いた。


「……綺麗」


その一言が、全員の思いを代弁していた。

エマに至っては、まるで娘を嫁に出す母親のように感極まり、目頭を押さえて静かに涙ぐんでいる。


その時だった。



コンコン。

重厚な扉が叩かれ、静かに開いた。


迎えに来たのは、漆黒の夜のような完璧な礼装に身を包んだ、ルシウスだった。


「……フェイ、準備は」


言いかけて。

フェイが、ゆっくりとルシウスの方へ振り返った。


――瞬間。

ルシウスの中で、時間が完全に止まった。


思考が、停止する。

呼吸すら、忘れる。


思考のすべてが、目の前の少女の姿だけで埋め尽くされていく。



(…………)


(なんだ)


(この感情は)



目が、離せない。

視線を逸らすことなど、物理的に不可能だった。


神々すら打ち倒し、あの無敵の魔導王が。

たった一人の少女のドレス姿を見ただけで、微動だにできず、完全に動きを止めてしまっていた。

胸の奥で、経験したことのないほどの激しい動悸が鳴り響いている。

それが「恋」という感情であることを、ルシウス本人はまだ全く自覚していない。

しかし、その狼狽ぶりは、誰の目から見ても明らかだった。


数秒の、永遠にも似た沈黙。


フェイが、不思議そうに首を傾げた。


「ルシ?」


その声で、ようやくルシウスの意識が現実へと引き戻される。

彼はハッと瞬きをし、必死に平常心を装おうとして、絞り出すように言った。


「…………似合っている」


何百年の時を生きる最強の男が、その一言をひねり出すだけで精一杯だった。


フェイは、ぱぁっと花が咲いたように照れて、嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう! ルシも、すごくかっこいい!」


その二人のやり取りを見守りながら、部屋の壁際に控えていた使用人たちは、全員が同じことを思っていた。


(閣下が……固まった……!)

(あの魔導王閣下が、見惚れてフリーズなさった……!)


いよいよ出発の時。

フェイがドレスの裾を持ち、緊張した面持ちでルシウスの元へ歩み寄ろうとした、その時だった。


部屋の隅に置かれた豪奢な椅子の背もたれから、一匹の黒猫が軽やかに床へ降り立った。

黄金の瞳を持つ、ノアだった。


ノアはゆっくりとルシウスの足元まで歩み寄ると、見上げるようにしてピタリと止まった。


ルシウスが視線を落とす。


すると。

ノアの口元が微かに動き、ルシウスの脳内へ、直接「声」が響いた。

それは、気品に満ちた大人の女性のような、静かで優しい声だった。


『……見惚れてばかりいないで、手を取って差し上げなさいな。不器用な王様』


ルシウスは、紫水晶の瞳を僅かに見開いた。

しかし、ノアはもう何も言わない。ただ、「早く行け」とでも言うように、しっぽをゆらりと揺らしただけだった。


ルシウスは小さく息を吐き出すと、静かに口元を緩めた。


「……ああ、分かっている」


そして、一歩前へ踏み出し。

世界で一番美しいお姫様へ向かって、ゆっくりと、その大きな右手を差し出した。

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