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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第三章】世界が見つけた少女

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第37段階:世界会議と、魔導王の宣言

世界会議、当日の朝。

完璧な正装に身を包んだルシウスは、魔導宮の広大な中庭に立ち、転移魔法の術式を編み上げていた。

足元に淡い紫色の光が広がり、空間が僅かに歪み始める。


その直前だった。


『守れ』


不意に、背後から声がした。

女とも男ともつかない。

年老いた獣が永い時を越えてきたような、低く静かな声。


ルシウスは僅かに目を細め、静かに振り返る。

そこに人の姿はない。

ただ、手入れの行き届いた垣根の影に、かつてフェイが命を削って救い出した黒い母猫が、じっとこちらを見つめて座っていた。

黄金の瞳が一度だけ瞬きをし、猫は音もなく垣根の奥へと姿を消した。


ルシウスは、誰もいなくなった垣根を見つめ、小さく息を吐いた。



「……気のせいか」



神殺しの魔導王にさえ知覚できない存在。

それが何を意味するのか、この時の彼は深く思考することをやめ、紫の光と共に世界会議の会場へと転移した。




大陸の中心に位置する中立都市、その最奥にそびえる大白亜宮。

ドーム状の広大な会議場には、巨大な円卓が据えられていた。

着席しているのは、この滅びゆく世界を牽引する絶対的な権力者たちだ。

誇り高き帝国の皇帝、信仰を束ねる聖王国の法王、新興の共和国代表、魔法国の大魔導師団長

そしてかつて世界を救ったとされる生ける英雄たち。


重厚な扉が開き、ルシウスが入室した瞬間。

議場を満たしていた微かなざわめきが、文字通り氷結したように消え失せた。


誰かが号令をかけたわけではない。

円卓を囲む世界の頂点に立つ者たちが、全員、極めて自然な動作で一斉に立ち上がった。

恐怖からか、あるいは絶対的な力への畏敬からか。

彼らは息を潜め、漆黒の礼装を纏った男が静かに歩を進めるのを見守る。


ルシウスが自身の席へ辿り着き、ゆっくりと腰を下ろす。

その所作が終わって初めて、各国の王や代表者たちは、安堵の息を漏らしながら一斉に席へと座り直した。


「世界最強の男」という事実が、言葉を交わすまでもなく、その場を完全に支配していた。


会議は、重苦しい報告から始まった。

各地の土地の枯死の進行度合い

深刻化する食糧不足と、それに伴う暴動

瘴気溜まりから発生する魔物の異常増加

歯止めのかからない出生率の低下

そして何より、世界の命綱である「生命の樹」の残された寿命について。


暗澹たる数字と予測が飛び交う中、突如としてある国の王が、静寂を破るように口を開いた。

 


「……しかし、一つだけ例外がある」


その一言で、議場の空気が張り詰めた。

王は、手元の資料を握りしめながら言葉を続ける。


「魔導宮だ。

 我々の調査によれば、長年雪に閉ざされていた魔導宮周辺では、近頃になって穏やかな日が増え、植物が芽吹き始めている」


別の代表者が続ける。


「生命の樹も、一部ではあるが再び葉をつけ始めたという」


さらに学者が資料を掲げる。


「そして、絶滅したはずの精霊鳥ユリシスが、魔導宮でのみ確認されております。

 ……魔導宮でのみ、です。

 一羽たりとも外では確認されておりません」



議場が静まり返る。

誰もが理解していた。

奇跡は世界で起きているのではない。

魔導宮だけで起きている。



円卓の視線が、一斉にルシウスへと集まる。

しかし、ルシウスは表情一つ変えず、ただ目を伏せて黙ってその報告を聞いていた。


沈黙に耐えきれなくなった魔法国の老学者が、身を乗り出して質問を投げかけた。


「魔導王閣下。……魔導宮には、一体何があるのですか?」


ルシウスはゆっくりと顔を上げ、紫水晶の瞳で学者を射抜いた。


「ない」


短い、一言。

しかし、その明確な拒絶に誰も納得しなかった。各国の代表者たちの間に、焦燥と疑念が渦巻き始める。


その時、若き共和国の代表が、意を決したように立ち上がった。


「白金の髪。青い瞳。……一年前から、魔導宮へ現れたという少女。存在しますね?」


会場の空気が、完全に変わった。

息を呑む音だけが響く中、ルシウスは静かに、底知れぬ冷たさを湛えた声で問い返した。


「……情報源は」


若き王は顔を強張らせ、口を噤んだ。情報網の存在を明かせば、自国が魔導王の怒りを買うことを理解しているからだ。


議場は、少女の存在を確信した各国の「思惑」で溢れ返り始めた。



「もしそのような存在がいるのなら、世界中から狙われる。我々、聖王国が神の御名のもとに保護すべきだ」


「いや、これは魔法の理を覆す事象だ。我が国と共同で研究を進めるのが筋だろう」


「兵器として運用できる可能性がある。帝国が管理し、魔物討伐の要とすべきだ」


「世界全体の危機なのだ! 商業国家の流通網を使い、その力は全人類へ公開されるべきである!」



それぞれの正義と、隠しきれない欲望が交錯する。

そんな中、一人だけ、深く皺を刻んだある老王だけが、穏やかな声で呟いた。


「……あの男が、ようやく笑えるようになったという噂もある。放っておいてやれ」


しかし、その声は熱を帯びた議論の中へ掻き消されていく。少女の存在は、滅びゆく世界にとってあまりにも大きな「希望」であり、同時に「劇薬」だった。


議論が最高潮に達しようとした、その時。


ルシウスが、静かに立ち上がった。

ただそれだけの動作で、大白亜宮の空気が重圧でひび割れたように感じられた。

全員が、文字通り息を止め、魔導王の次なる言葉を待つ。



「彼女は」


ルシウスは少しだけ間を置き、円卓の全員を冷徹に見下ろして、静かに、しかし絶対的な響きを持って言い放った。



「私の保護下にある」


「……以上だ」



それだけで、白熱していた議論が完全に終わった。

誰も、一言も反論できなかった。

「魔導王が守る」と宣言した少女へ手を出すこと。それは即ち、神を殺した男を敵に回すということであり、世界そのものと敵対するのと同義であると、円卓に座る誰もが理解させられたからだ。


会議は、不気味な静寂を保ったまま終了した。


帰還のため、大白亜宮のバルコニーで転移魔法の術式を展開しながら、ルシウスはふと、朝の出来事を思い出した。


魔導宮を出る前。

見送りに来たフェイが、少しだけ白い頬を赤く染めながら、上目遣いに言った言葉。


『……ルシ、かっこいい』


普段であれば、他者からの評価など気にも留めないはずだった。

しかし、彼女のその不器用で素直な言葉と、照れたような表情だけが、何故か頭の奥から離れてくれない。


(……らしくもない)


ルシウスが小さく息を吐き出した時。

ふと、バルコニーの欄干の先に、遠く離れた魔導宮にいるはずの黒猫の姿が見えた。

猫は一度だけこちらを真っ直ぐに見て、まるで「よくやった」とでも言うように、小さく頷くように尻尾を揺らすと、朝と同じように幻のように姿を消した。


ルシウスは、小さく目を閉じた。


「……分かっている」


自分は、何があってもあの少女を守り抜く。

しかし、今日の会議で隠しきれない火種は確実に蒔かれた。フェイという奇跡の存在が、世界に知られ始めるのは、もはや時間の問題だった。


ルシウスは目を開き、紫色の光に包まれながら、彼女の待つ帰るべき場所へと転移した。

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