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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第三章】世界が見つけた少女

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第34段階:新しい誕生日と、命の音色

すべてが死に絶え、灰色の雪が舞う森の中から、フェイがこの魔導宮へやって来て。

今日で、ちょうど一年が経とうとしていた。


その朝。

フェイの部屋を訪れたエマは、柔らかな微笑みを浮かべながら、仕立て上がったばかりの新しいドレスをベッドへふわりと広げた。

アイボリーの上質な生地に、光の加減で優しく輝く金糸の刺繍が丁寧に施された、可憐で美しい一着だった。


「お嬢様。一年、おめでとうございます」


寝ぼけ眼をこすっていたフェイは、きょとんとして首を傾げる。



「一年?」


「今日で、お嬢様が魔導宮へ来られて一年でございます」



その言葉に、フェイの顔がぱっと太陽のように明るくなった。



「そっか! 私、ここに来てからもう一年なんだ!」



そして、ベッドに広げられた新しいドレスを見つめ、小さく息を呑んだ。



「きれい……」



エマに着替えを手伝ってもらい、新しいドレスに身を包んだフェイが中庭へ出ると。

そこには、視界を埋め尽くすほどの、一面の花が咲き誇っていた。


庭師が、この日のためだけに一年という歳月をかけて密かに育て上げ、完璧な開花を計算し尽くした、フェイだけの特別な花壇。



「全部、お嬢様に見ていただきたくて」


庭師が照れくさそうに笑う。


フェイは、弾かれたように満開の花の中へ駆け出した。


「すごい! きれい!」


色とりどりの花々に囲まれ、心から嬉しそうに笑う少女。その眩しい笑顔を見た庭師は、泥のついた帽子を胸に抱え、堪えきれずにボロボロと涙を流した。


「……見てもらえた」


続いて、食堂。

大きなテーブルの上には、フェイの背丈の半分はあろうかという、巨大なケーキが鎮座していた。


「これ全部!?」


「ええ、一年分のお祝いですからな!」


厨房の総責任者である料理長ガロンが、小麦粉で白くなったエプロン姿でえっへんと胸を張る。


「一年ってすごい!」


フェイは、甘いクリームと苺の香りに包まれながら、きらきらと目を輝かせて巨大なケーキの周りをぐるぐると回った。


大広間へ戻ると、カシアンが手帳を開き、生真面目な声で本日の予定表を読み上げる。


「午後3時、1年記念祭開始。午後3時10分、ケーキ入刀。午後3時30分、余興の演奏。午後4時、記念撮影……」


「すごい!」



お祭りのような響きに、フェイが歓声を上げる。

カシアンは、手帳を閉じて完璧な所作で小さく頷いた。


(準備は万端。すべて予定通りです)


そして、最後に。

広間の奥で静かにその光景を見守っていたルシウスが、パチンと指を鳴らす。

すると一つの美しい木箱をフェイの元へふわふわと降りてくる。


フェイはどきどきしながら、そっと蓋を開ける。

中に入っていたのは

街の広場で彼女が目を奪われていたものと同じ、小さな白木のハープだった。



「……これ」


「君はよく歌う」



ルシウスは、驚くフェイを見下ろして静かに告げる。


「ならば、伴奏も覚えろ」


フェイは、少しだけ目を瞬かせたあと。

その小さな楽器を木箱から取り出し、壊れ物を扱うように、ぎゅっと胸に抱き締めた。


「ありがとう!」


後ろで控えていたカシアンは、小さく目を閉じて口元を緩める。


(……素直に「プレゼントだ」と仰らない。まったく、閣下らしい贈り物でございます)


フェイは嬉しそうに、滑らかな白木を撫でた。



「ルシ、弾いていい?」


「ああ」



フェイは広間のソファへちょこんと腰掛け、大事そうにハープを膝の上へ乗せた。

持ち方も、弦の弾き方も、誰にも教わったことはない。

それでも彼女は、ごく自然な動作で、そっと細い弦へ指を添えた。


ポロン……


朝の雫が弾けるような、澄み切った一音が広間へ広がる。



「こう?」



もう一度。


ポロン……

ポロン……


初めて触れたとは到底思えないほど、極めて自然に、彼女の小さな指先が弦の上を滑っていく。

エマが驚きに目を見開いた。

ガロンが息を飲み、庭師が立ち尽くす。


「……初めて、ですよね」


カシアンの問いに。


「ああ」


ルシウスは、静かに頷いた。


フェイは、自分の指先から生まれる音に嬉しそうに笑う。


「音、きれい」


そして

息をするように、自然に歌い始めた。


フェイの優しく透き通るような歌声に寄り添うように、ハープの音色が静かに響く。

譜面もない。教本もない。

それでも、紡がれる旋律は途切れることなく、どこまでも穏やかに、春の小川のように流れていった。


不思議なことだった。

窓の外では、彼女の音色に呼応するように花々が風に揺れ、魔導宮に住み着いた小鳥たちがさえずりをピタリと止めて、その音楽へ静かに耳を傾けていた。


誰も言葉を発しない。

ただ、その奇跡のような音色に、魂の底から聴き入っていた。


ルシウスだけが、静かに目を閉じる。


(……やはり)


大自然の理そのものに愛される存在。

植物を芽吹かせ、獣たちに慕われ、傷ついた命を繋ぎ止める彼女にとって。


(音楽もまた、『生命』か)


やがて、一曲の演奏が静かに終わる。

フェイは、不思議そうに小首を傾げた。


「……なんで弾けるんだろ」


その問いに、誰も論理的な答えを返すことはできなかった。

やがてフェイは、ハープから顔を上げ、周りを囲むみんなの顔をぐるりと見回した。


「ねぇ。みんなのお誕生日は、いつ?」


その無邪気な質問に、広間の空気がピタリと止まった。


エマも。ガロンも。庭師も。

そして、カシアンも。顔を見合わせ、誰も答えることができない。


「……忘れた」


沈黙を破ったのは、ルシウスの短い一言だった。


「え?」


「数百年になりますので」


カシアンが、少しだけ困ったように静かに補足する。

神を殺したあの日から、彼らは永遠にも近い時間を生き続けている。自分が生まれた日など、とっくの昔に記憶の彼方へ消え去ってしまっていた。


フェイは、うーんと少しだけ考え込む。

そして、名案を閃いたように顔を上げた。


「じゃあ今日!」


「……は?」


全員が、きょとんとした顔でフェイを見る。


「今日が、みんなのお誕生日!」


「意味が分からん」


魔導王が眉間を寄せる。


「だって、忘れたんでしょ?」


フェイは、ひまわりのように笑った。


「じゃあ今日! 今日から、ここがみんなの新しいお誕生日!」


エマが、たまらずくすりと笑い声をこぼした。


「ふふっ……。素敵でございます」


「賛成ですな!」


ガロンも力強く頷く。


「中庭の祝いの花を、さらに増やしますぞ!」


庭師も帽子を握りしめて意気込む。


カシアンは、和やかな空気の中で手帳を開き、苦笑しながら言った。


「……素晴らしい提案ですが。閣下に却下されると思いますよ」


「却下だ」


ルシウスが、予想通り一秒で即答する。


しかし、フェイは膝の上のハープを嬉しそうに高く掲げた。


「決定!」


理不尽な魔導王の決定すら覆す、絶対的な少女の一言に。

魔導宮中に、どっと温かな笑い声が広がった。


ルシウスも、全く人の話を聞かないフェイに深いため息をつきながら。

ほんの少しだけ、確かに口元を緩めていた。



「おめでとうございます」


「おめでとう」



何百年ぶりに、彼らの間で交わされる「誕生日」を祝う言葉。


フェイが来て、一年。

かつて絶望と静寂だけで満ち、冷たく凍てついていた魔導宮には、

今日も優しく、温かな笑い声が響いていた。

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