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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第二章】世界を学ぶ少女

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第20段階:世界最高の魔導王

白い光は、なおもフェイの両手の中で膨れ上がっていた。

空間はギリギリと悲鳴を上げて軋み、降り注ぐ雪は一瞬にして蒸発し、森の木々が発火し始める。


狼の王は、何百年もの長きにわたる生涯で初めて、明確な恐怖を露わにした。


『止めろ!! 小娘!! それは生命を守る力ではない!!』


王の切実な思念が響くが、フェイはボロボロと涙を流しながら首を横に振った。


「でも……。守りたい……」


泣きじゃくる声とは裏腹に、白い球体はさらに極限まで圧縮されていく。

火属性。雷属性。

本来であれば決して交わることのない、互いに激しく拒絶し合う二つの強大な魔力が、少女の純粋すぎる願いによって限界を超え、完全な「融合」を始めていた。


もはや、誰にも止められない。

森が消滅する。


――その時だった。



「フェイ」



猛烈な吹雪と魔力の轟音を切り裂いて、一つの声が響いた。

ひどく静かで、平坦な声だった。

けれど、その一言を聞いただけで、極限の緊張状態にあったフェイの小さな肩がびくりと震えた。


「……ルシ」


荒れ狂う吹雪の向こうから。

黒い外套を翻し、ルシウスとカシアンが姿を現した。


フェイの手元で輝く白い光を見た瞬間、カシアンは全身の血の気が引くのを感じた。


「閣下……!」


フェイの両手の間。

そこにあるのは、魔力の塊などという生易しいものではない。

小さな”太陽”そのものだった。


「まさか……」


世界最高峰の知略を持つ参謀の声が、絶望に震える。


「融合魔法……。しかも、完全に制御不能です……!」


カシアンが戦慄する横で、ルシウスだけは恐ろしいほど静かだった。

無機質な紫水晶の瞳が、フェイの両手にある白い球体だけを真っ直ぐに見つめている。


一瞬。

文字通り、ただの一瞬で、神殺しの頭脳はその魔法式の全貌を読み切った。


(火属性)

(雷属性)

(圧縮率)

(魔力密度)

(臨界点)


(……あと十秒。爆ぜる)

(森どころでは済まない。魔導宮まで跡形もなく吹き飛ぶ)



ルシウスは、視線を球体からフェイへと移した。

震えていた。泣いていた。

熱と魔力の奔流に耐えながら、それでも彼女は、背後の母猫を守るために決して両手だけは離そうとしなかった。


「ルシ……。どうしよう、私……。止められない……」


震える声で助けを求めるフェイ。

その弱々しい声を聞いた瞬間

ルシウスは、冷徹な瞳を微かに細め、低く、しかし絶対的な安心感を伴う声で告げた。


「大丈夫だ」


たった、その一言だけだった。

フェイは、その声を聞いて少しだけ泣きそうに笑った。


「うん……」


ルシウスは、白い球体へ向かってゆっくりと右手を伸ばした。

魔法陣は現れない。詠唱もない。

ただの意志。ただの現象の書き換え。


彼が発動したのは、「無属性魔法」。

全属性を支配し、解体し、無に還す力。

世界でただ一人、神を殺した男だけが扱える究極の魔導。


「分解」


紡がれたのは、たった二文字。

その瞬間だった。


暴走し、臨界点に達しようとしていた白い球体の表面が、静かに崩れ始めた。


バチッ。ボッ。

融合し、一つの太陽となっていた二つの属性が、まるで一枚ずつ花びらが散っていくかのように、綺麗に剥がされていく。

火は、火へ。

雷は、雷へ。

不可能とされた魔法の融合そのものが、彼の右手によって一つずつ、丁寧にほどかれていく。


「……!」


フェイが驚きに目を見開く。


ルシウスは、球体が二つの属性に分かたれた瞬間、さらに静かに右手を強く握り込んだ。


「上へ」


分解された莫大な魔力は、フェイの手元から引き剥がされ、ルシウスの誘導によって強制的に空へと打ち上げられた。

夜の闇が迫る、分厚い雪雲の彼方高くへ。


ズドォォォォォン!!!


空に向かって巨大な火柱が立ち上り、その中心を無数の青白い雷が天を衝くように駆け抜ける。

凄まじい轟音が響き渡り――次の瞬間。


夜空いっぱいに、極彩色の光が弾けた。


それはまるで、世界最大にして、世界で最も美しい花火だった。

白。青。紫。黄金。

幾千万もの魔力の光が夜空を埋め尽くし、降り荒れていた吹雪さえも、その圧倒的な美しさの前に一瞬だけ止まったかのように見えた。


狼たちは、牙を剥くのも忘れ、呆然と空を見上げている。

森の王たる巨大な狼もまた、その神話のような光景を前に、ただ静かに立ち尽くしていた。


やがて、夜空の最後の光が、雪のように静かに溶けて消える。


ルシウスは、小さく、長く息を吐いた。

そして、へたり込みそうになっているフェイの前へと、静かに歩み寄る。

彼は何も言わず、膝を折り

――その大きな腕で、小さな身体をすっぽりと包み込むように、強く抱き寄せた。


「…………」


カシアンは、驚いたように大きな目をさらに丸くした。

彼が、何百年も他者を寄せ付けず、孤高の玉座に座り続けていた魔導王が。

自分から誰かを抱き締めるなど、これが初めてのことだったからだ。


数秒後。

ルシウスは、自分の肩に顔を埋めて固まっているフェイの耳元で、ひどく不器用に、けれど切実な声で小さく言った。


「……二度と。

 一人で、背負うな」


その言葉の温かさに触れた瞬間、張り詰めていたフェイの糸が切れ、瞳からせき止めていた涙が一気に溢れ出した。


「……うん」


ルシウスの大きな胸の中で、フェイは子供のように声を上げて泣きじゃくった。

その様子を少し離れた場所で見ていたカシアンは、深々と息を吐き、心底安堵して胸を撫で下ろした。


(助かった……)


そう思った、次の瞬間だった。


ルシウスはフェイの身体を少しだけ離すと、泣き顔の彼女の額へ向けて。


ゴンッ。


極めて容赦のない力加減で、軽く拳を落とした。



「いたっ」


「無茶をした罰だ」



額を押さえるフェイに、ルシウスは相変わらずの無表情で言い放つ。



「ご、ごめんなさい……」


「後で説教だ」


「はい……」



すっかり怒られてしょんぼりするフェイと、淡々と説教を宣告するルシウス。

そのやり取りを見て、森の奥で立ち尽くしていた狼の王は、ふっと黄金の瞳を和らげ、静かに、そして愉快そうに喉を鳴らして笑った。


『なるほど。生命の樹には……世界最高の番人がおったか』


巨大な狼は、主へ向けて頭を垂れるように一度だけ深く一礼すると、群れの狼たちを引き連れて、音もなく吹雪の森の奥へと消えていった。

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