表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第二章】世界を学ぶ少女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/74

第18段階:森の王

吹雪は、刻一刻と容赦なく勢いを増していた。

視界を白く塗り潰すほどの雪と風の中、フェイは血を流す母猫を背中で庇うように立っていた。

三匹の小さな子猫たちは、冷たくなっていく母親の体に必死に身を寄せ、震えている。


雪の向こうから音もなく現れた狼は、一頭や二頭ではなかった。

十数頭。

飢えた緑色の瞳を光らせる獣たちは、フェイたちを半円を描くように静かに囲み始めていた。


フェイは、冷たい空気を小さく息を吸い込んだ。


(守らなきゃ)


ルシウスに教わった魔法の感覚を呼び覚ます。

風。火。水。雷。土。

五属性の魔力を己の内側で静かに巡らせ、いつでも放てるように全身の神経を研ぎ澄ませた。


しかし、群れの狼たちは低く唸り声を上げるだけで、一向に飛び掛かってこない。

それはまるで、絶対的な「何か」の到着を待っているかのようだった。


その時。

森全体が、大きく揺れた。


ズシン。

ズシン。


地鳴りのような重い足音。

十数頭の狼たちが、まるで王の御前にあるように、一斉に首を垂れて左右へと道を開けた。


猛烈な吹雪の奥からゆっくりと姿を現したのは、一頭の巨大な狼だった。

人間など赤子に見えるほど、常軌を逸した巨大な体躯。

吹雪の中でも闇のように沈む漆黒の毛並み。

そして、知性と威厳に満ちた黄金色の瞳。

途方もなく長い年月をこの森で生き抜いてきたことが一目で分かる、神話から抜け出してきたような存在感。

その巨体がそこにあるだけで、周囲の吹雪の軌道すら変わり、森の空気が一変した。


フェイは、思わず息を呑んだ。


(……大きい)


その瞬間だった。


『小娘』


声がした。

しかし、それは耳から聞こえたのではない。

フェイの頭の中へ、直接響いてきたのだ。

フェイは弾かれたように辺りを見回した。


『こちらだ』


巨大な狼は、鋭い牙の並ぶ口を一切開いていない。

それでも確かに、重く古い意志を持った声だけが脳内へ届く。


『そんな死にかけの猫を守って、何になる』


狼の言葉に、フェイは足元の母猫を庇うように一歩下がった。


『離れろ。その命はもう終わる。自然の摂理だ』


フェイは、強く首を横へ振った。


「終わってない」


巨大な狼の黄金の瞳が、スッと細められた。


『ほう』


「まだ、生きてる」


フェイは狼の瞳を真っ直ぐに見据え、言い放つ。


「だから、終わってない」


猛吹雪の中、森に異様な静寂が落ちた。

やがて、漆黒の巨大狼は、低く笑うように喉の奥で鼻を鳴らした。


『……やはりか。生命の樹の娘よ』


その呼称に、フェイの肩がぴくりと震えた。


「……知ってるの?」


『知っているとも』


巨大な狼は、静かに、しかし確かな畏敬を込めて語りかける。


『森は知っている。風も、土も、我ら獣も……お前が何者であるかを』


フェイは困ったように眉を下げ、小さく首を傾げた。


「私も、知らない」


巨大な狼は、ゆっくりと目を閉じた。


『ならば教えよう。その力は、人間には過ぎたるものだ。

 我らこそ、その恩恵を受け継ぐ資格がある』


ズシン、と。

狼が一歩、フェイへと近付いた。その巨体が動くだけで、周囲の雪が爆発したように舞い上がる。


『来い』


頭の中に響く声が、熱を帯びる。


『我らの王となれ。

 生命は、自然へ還るべきだ。人間はまた、必ず同じ愚行を繰り返す』


神々を殺し、世界を壊した人間という種族への、深い絶望と怒り。


『だが、獣は違う。

 我らは森を壊さぬ。

 命を無駄にせぬ。……その力を、我らへ使え』


フェイは、足元で血を流す母猫を静かに見下ろした。

子猫たちは、もう動かなくなりつつある母親へ、必死にすがりついている。


「……やだ」


狼の黄金の瞳が、僅かに揺れた。


「私は」


フェイは、雪を踏みしめ、ゆっくりと立ち上がった。


「この子を助けたい」


『救えぬ』


「それでも」


『死ぬぞ』


「それでも」


『お前も、だ』


冷酷な事実を突きつけられても。フェイは、決して迷わなかった。



「助けたい」



長い、長い沈黙が森を支配した。

雪が二人の間を激しく舞う。


巨大な狼は、深く、冷たい息を吐き出した。


『……そうか』


その瞬間、狼の黄金の瞳から、一切の温かみが消え失せた。残ったのは、冷徹な大自然の意志だけ。


『ならば証明してみせろ。生命とは何かを。

 お前の願いが、弱肉強食というこの世界の理を超えるというのなら』


漆黒の巨大な前脚が、静かに、そして重く雪を踏み締める。


ドンッ。


それが、号砲だった。

十数頭の狼たちが、一斉にその鋭い牙を剥き出しにする。



『奪え』



森の王が、冷酷な命令を下す。



『生命の樹を。……我らの未来のために』



猛烈な吹雪の中。

飢えた狼の群れが、一斉に雪を蹴り立て、フェイへ向かって一死乱れず駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ