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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第二章】世界を学ぶ少女

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第16段階:夜空を灯す魔法

風属性、火属性、水属性、土属性の基礎を習得してから数日後。

その日の授業は珍しく、いつもの昼間ではなく、日が沈み始めた夕暮れ時から始まった。



「ルシ? 今日は夜なの?」



薄暗くなり始めた廊下を歩きながら、フェイが不思議そうに首を傾げる。



「今日は雷属性だ」


「かみなり?」



フェイはあまり興味がなさそうに、灰色の雪が舞う空を見上げた。



「怖い音するやつ?」


「……そう思うなら、なおさら見せる必要がある」



ルシウスは静かに歩き続けた。

二人が向かった先は、通常の訓練場ではなく、魔導宮で最も高い場所に位置する展望台だった。

そこは、滅びゆく灰色の世界が地平線の彼方まで一望できる場所だ。

日が落ちるにつれ、世界は色彩を失い、さらに深く静かな闇に包まれていく。


フェイは冷たい石の手すりにもたれかかり、眼下に広がる暗闇を見つめながら、少しだけ寂しそうに呟いた。



「夜って、暗いね」



その瞬間だった。


パチン。


ルシウスが、耳元で静かに指を鳴らした。

空気が、微かな魔力によって小さく震える。


次の瞬間。

暗く沈んでいた夜空いっぱいに、無数の光がパッと咲いた。


青。

金。

紫。

白。


細い雷が空中を縦横無尽に駆け抜け、互いに絡み合いながら、夜空に巨大な光の花を描いていく。

そこに、雷特有の恐ろしい轟音はない。

耳に届くのは、パチッ、パチッという、小さく弾ける優しい音だけだった。

それはまるで、空から降り注ぐ星々が楽しげに踊っているかのようだった。


フェイは、その圧倒的な美しさに完全に言葉を失った。



「…………」



一輪。

二輪。

十輪。


雷は空を傷付けることなく、美しい光の花となって次々と咲き誇っては消えていく。


ルシウスは、光に照らされるフェイの横顔を見下ろし、静かに言った。



「雷は、破壊だけの魔法ではない」



彼が再び指先を動かす。

今度は金色の稲妻が空中を走り、一瞬だけ巨大な鳥の翼の形を描き出した。

続いて、青い雷が軽やかな蝶の姿となり、フェイの頭上をくるくると舞う。



「すごい……」



フェイは目を輝かせ、夢中のまま空へ手を伸ばした。



「これ、光魔法じゃないの?」


「違う」



ルシウスは短く答える。



「雷は、一瞬だけ光を生む。だから光魔法と組み合わせれば、このようなこともできる」



ルシウスの魔力が空へ放たれ、夜空いっぱいに虹色の光が波紋のように広がった。

魔導宮全体が、幻想的で暖かなイルミネーションに包み込まれる。

遠くの庭や回廊で作業をしていた使用人たちから、感嘆の入り交じった小さな歓声が漏れ聞こえてきた。


フェイは完全に心を奪われていた。



「きれい……」



ルシウスは、その輝く瞳を見て、小さく頷いた。



「やってみるか」


「やる!」



一切の迷いのない、即答だった。

少し離れた場所で控えていたカシアンは、手帳に静かにメモを書き込みながら深く感心していた。



(火は料理。水は花。そして今回は、景色……

 閣下は完全に”教える順番”を理解なさいました。

 もはや立派な教育者でいらっしゃる)


カシアンの密かな称賛をよそに、フェイは両手を前へぐっと伸ばした。

教わった通りに、雷の魔力を指先に集める。


バチッ。

小さな火花が散る。


もう一度。

バチバチッ。

今度は少しだけ大きい。


三度目。

フェイの指先から、一本の細い雷が空へ向かって鋭く伸びた。


しかし。


ドゴォォォォン!!!


放たれた雷は空へは向かわず、展望台の隅に飾られていた巨大な岩のオブジェへ一直線に直撃した。

凄まじい轟音と共に、岩は一瞬で粉々に砕け散り、焦げ臭い煙が立ち上る。



「…………」


「…………」



静まり返る展望台。

フェイは恐る恐る、ルシウスの顔を見上げた。



「ご、ごめんなさい……」



しかし、ルシウスは粉々になった岩を一瞥しただけで、全く動じることはなかった。



「悪くない」


「え?」


「威力は十分だ。問題は精度だ」



ルシウスはすっと一本の指を立てた。

その指先から、糸のように細い紫電が生まれる。

それはまるで意思を持った生き物のように空中を優雅に泳ぎ、小さな一輪の花を描いてパッと消えた。



「雷も火と同じだ。必要以上に出すな。必要な分だけを流せ」



フェイは、こくりと真剣に頷いた。


それから、何日も練習を重ねた。


岩を吹き飛ばし、木を真っ二つに裂き

地面に巨大なクレーターを開け(庭師がまた泣いた。)

飛び火した雷が、カシアンの張った防御結界を何枚も粉砕し


そして、ようやく


ある日の夜。


フェイが夜空へ向かって指先を掲げた。

そこから一本の細い青い雷が、静かに伸びる。

空中でゆっくりと柔らかな弧を描き

――小さな、青い蝶の形になってふわりと羽ばたいた。

その雷の蝶は、数秒だけ夜空を軽やかに舞い、やがて静かに光の粒子となって消えていった。



「できた……!」



フェイが嬉しそうに振り返る。


ルシウスは、夜空に溶けた小さな蝶の残滓を見つめながら、静かに頷いた。



「……合格だ」



その夜。

魔導宮の空には、フェイが作った小さな雷の蝶が何匹も楽しげに舞っていた。


使用人たちは皆、仕事の手を止めてその幻想的な空を見上げている。


庭師が、ほうっと息を吐きながらぽつりと呟いた。


「最近の魔導宮は、本当に毎日がお祭りのようですな」



その横で、料理長も朗らかに笑う。


「ええ。さて、次は何属性で厨房が壊れるのでしょうな」



通りかかったフェイがそれを聞きつけ、慌てて首を横に振った。


「……壊れないよ!」


フェイはそう言い張った直後。


パチッ。


気を抜いた手元で、小さく雷の魔力を弾けさせてしまった。


「ひゃっ!」


自分の魔法に驚き、フェイはウサギのようにビクッとその場で飛び上がった。


――その瞬間だった。


「…………」


少し離れた場所でそれを見ていたルシウスの肩が、ごく僅かに震えた。

口元は、いつものようにほんの数ミリしか動いていない。


だが。

冷徹なはずの紫水晶の瞳だけは、確かに、柔らかく細められていた。


「……」


すぐ斜め後ろで記録を取っていたカシアンの羽ペンが、ぴたりと止まる。


(……まさか)


カシアンは、何百年もこの主に仕えてきた経験から、その極めて微小な「表情の違い」を誰よりも正確に読み取っていた。

これは、社交辞令の微笑でもない。

成長を喜ぶ安堵でもない。


完全に、笑いのツボへ入っておられる。


何百年もの間、世界中を震え上がらせてきた冷酷無比な魔導王が

たった一人の少女が、自分で放った小さな静電気に驚いて飛び上がるという、極めてどうでもいい

日常の些細な光景で、必死に笑いを堪えているのだ。


(……重症だ)


カシアンは、誰にも悟られないように、心の中だけで深く、深く頷いた。


(閣下は、もう手遅れでございます)


彼は静かに、夜空を見上げた。

そこには、フェイが生み出した青い雷の蝶が、星のように何匹も舞っている。


かつては絶望と静寂だけが支配していた灰色の魔導宮には

今日もまた、小さな笑い声と、優しい光が一つ増えていた。

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