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神を殺した魔導王は、花を咲かせる少女を拾った  作者: 名前はまだない
【第一章】名もなき少女

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第9段階:世界の理、その外側

魔導宮の食堂。

ルシウスに抱えられて席に着いた瞬間、フェイの大きなアイスブルーの瞳が

これ以上ないほどに丸くなった。



「今日、多い!」



テーブルの上に並んでいたのは、昨日までの質素な黒パンとスープだけではない。


湯気を立てるふかふかの焼きたてパン。

色鮮やかな野菜が盛られたサラダ。

香草の香りが食欲をそそる分厚いソーセージ。

ホクホクに蒸し上がった芋。

みずみずしく輝く新鮮な果物。

そして、とろけるような肉がゴロゴロと入った温かなシチュー。


厨房の前に立つ料理長は、何事もないような涼しい顔で恭しく一礼した。



「本日は少々、食材の巡りが良かったもので」



カシアンは黙って、ジト目で料理長を見た。


(――絶対に違いますね)


料理長は、カシアンの視線からすっと目を逸らした。


(――閣下から三十分前に『栄養価の高い献立へ至急変更しろ』という絶対命令が下ったのです。

私に否はありません)



フェイは、そんな大人たちの無言のやり取りなど知る由もない。

並べられた色彩豊かな料理たちを、宝物を見るような目でキョロキョロと見渡している。



「色んな色。色んな匂い。どんな味で、どんな食感なんだろ!」



彼女は弾けるような満面の笑みを浮かべ、胸の前で嬉しそうに小さな両手を合わせた。



「いただきます!」



フェイが大きな口でパンを頬張り、熱々のシチューに目を輝かせる。

ルシウスは静かに自分のパンをちぎりながら、その様子をただじっと見つめていた。

いつもと変わらない無表情。

しかし、心なしか彼の口元はほんの少しだけ緩み、紫水晶の瞳は穏やかな光を帯びているように見えた。


今日の食卓は、昨日よりも少しだけ賑やかで、ずっと温かかった。


そして、この灰色の世界でその変化を誰よりも喜んでいる人物が、他でもないルシウス自身であることに――彼自身だけが、まだ気付いていなかった。




食後の静かな時間が流れる、魔導王の書斎。

主の執務机の上に、カシアンが今日の観測記録をまとめた羊皮紙を静かに並べていく。


・生命の樹の発芽

絶滅種ユリシスの出現

・樹の自発的かつ能動的な反応

・フェイへの異常な魔力接触

・魔力消費と同義と思われる空腹


それらを並べ終えると、部屋には重い静寂が落ちた。

ルシウスは無言のまま、冷徹な紫水晶の瞳で資料を一枚ずつ眺めている。



「カシアン、報告を」



促され、カシアンは深く、長い息を吸い込んだ。

そして、世界を揺るがすであろう事実を、静かに口にする。



「本日までの結論です。フェイ様は、『生命を創造』しています」



ルシウスは無言だった。表情一つ変えない主に対し、カシアンは言葉を続ける。



「生命の樹。絶滅したユリシス。有精卵。植物の異常な成長速度。

 ……いずれも、現在の世界の理では説明がつきません。

 共通点はただ一つ。すべて、お嬢様が無意識に関与しております」



カシアンの言葉が、ひんやりとした書斎の空気に溶けていく。



「意図はありません。制御もできておりません。再現性もありません。

 しかし、現象として確かに起きています」



再び、重い沈黙。

数百年もの間、世界中の誰もが渇望し、決して届かなかった『創世』の奇跡。

それが今、一人の無垢な少女の手によって無造作に引き起こされている。


やがて、ルシウスが低く、重い声で一言だけ発した。



「……危険だ」



その言葉に、カシアンは一瞬だけ驚き、眉をひそめた。

未制御の創世の力が、滅びゆく世界の均衡をさらに崩すという懸念だろうか。


しかし、ルシウスはゆっくりと資料を閉じ、冷たく言い放った。



「世界にとって、ではない」


「え……?」


「彼女自身にとってだ」



その言葉の真意を理解した瞬間、カシアンは息を呑んだ。


(――閣下は今、世界が救われるかどうかではなく。お嬢様という一人の少女の安否を心配しておられる)


何百年も「世界」だけを背負ってきた男の天秤が、明確に傾いた瞬間だった。



「……もう一つ、気になる点があります」



カシアンは姿勢を正し、先ほどの光景を思い出しながら告げた。



「何だ」


「生命の樹は、フェイ様を襲っておりません」



ルシウスが、ゆっくりと顔を上げる。



「あれは攻撃ではなく……取り込もうとしていました」



カシアンは少しだけ言葉を選び、しかし最も的確な表現を口にした。



「まるで。母親を求める、赤子のように」



ルシウスの紫水晶の瞳が、微かに揺らいだ。



「生命の樹は、彼女を”創造主”と認識した可能性があります」



ルシウスは静かに立ち上がり、書斎の大きな窓辺へと歩み寄った。

窓の外には、フェイが来る前にはただの枯れた荒野だったはずの庭園が広がっている。

今はあちこちに色とりどりの花が咲き乱れ、緑が眩しく輝き、生命の息吹に満ちていた。

そこで今日も無邪気に笑い、蝶を追いかけていた少女の姿が、ルシウスの脳裏に鮮明に蘇る。



「……まだ、知らせる必要はない」


「はい」



窓の外から目を離さず、ルシウスは淡々と、しかし絶対の命令を下す。



「彼女には普通に暮らさせろ。観察は継続する。……ただし」



少しだけ、間が空いた。



「警護を増やせ」



合理性を重んじる魔導王による、極めて私的で、過保護な決断。

カシアンは主のその不器用な献身の形に、口元をわずかに綻ばせながら、深く、静かに頭を下げた。



「……承知いたしました」


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