第98話:王の考察
アストは、これまでに得たヘンリエッタの情報を彼女へと伝えた。
それを聞き終えたルシファーは、"うーん"と唸った後───
『無理ですね……私には出来ません』
きっぱりと、そう答えた。
『バティンでも無理か?』
『だと……思います。それ、本当にものすごいことなんですよ。どうやってるのか想像も出来ないというか、考えたことすら……あー……でも……』
『ん? なんだ?』
『あ、いやっ……不完全でもいいなら……出来るかもって……あ、でも違うかなぁ……』
『マジか』
『だ、だからっ……"かも"ですよっ!? その発想を知ったからなんとなく思いついたというか、思い出したというか……それに、多分間違ってるし……』
『なんでもいい。言ってみてくれ』
『えと……一口に異空間っていっても、いっぱいあるんですよ。なんて言ったらいいのかな……あ、例えば、私が使うそれと、バティンが使うそれは全く別の異空間で、同時に能力を使用しても、向こうで会うなんてことはないんです。まぁ、彼女は私の異空間を見つけて、狙って入り込んだりしてくる時もありますけど……あ、意味分かります?』
『ああ。要するに、空間転移を使う奴は全員、使い慣れた固有の異空間を使ってるってことだろ?』
『ですです! だから彼女は……あ、多分ですよっ!? この世界のすぐ隣にある異空間を探したんじゃないかな……と』
『すぐ隣にある……?』
『ええ……まぁ、異空間に近いも遠いもないので、波長が合うって言ったらいいのかな……上手く言葉に出来ないですが、彼女は出来るだけこの世界と似たような異空間を見つけ出した……で、本体はそこにいて、不可侵の思念体みたいな形でこの世界に干渉してるんじゃないですかね?』
『なるほど……その近いっていう異空間が必要だった可能性はあるな。出来るだけズレを消す為に』
『あくまでも仮説ですけどね……ほら、アストさんがされた儀式の時に、私がバルバロスのすぐ近くにいたって言ったの覚えてます?』
『ん…………あ、確かに……そういやそんなこと言ってたな……"すぐ側にいるのに気づかない"とかなんとか……あれは、まだお前が寒い演技をしてた時だったな』
アストと出会う前、ルシファーは魔界とこの世界の狭間にあるような異空間に滞在し、魔界へと資源を送る役目を担っていた。
それは、彼女は契約者がいなければ、この世界で実体を持つことが出来ないからであり、故に思念体を通じてその作業を行っていた為である。
『んぎっ……よ、余計なことを思い出さないでもらっていいですかね……!』
『いや、大事なことだから』
『も、もうっ! それは忘れてください! と、とにかく……私はこの世界と魔界の狭間みたいな場所にいたんですけど、それは両方の世界を繋ぐのにちょうどよかったからなんです。ただ、それでも私に出来るのは、誰にも見えませんし、声も届かない……本当にただそこにいるだけの存在として、ちょっと資源を回収する為の思念体を動かす程度……ですが、彼女は違う。本体と同じ力を持ちながら、こちら側に認識もされていて話せもする……それでいて物理的にも魔術的にも、一切干渉されない存在としてそこにいる訳です。正直に言って意味分かりません。ただ……』
『……ただ?』
『んー……私の限界って言われたらそれまでですけど、一切の繋がりを断ち切って、異空間からこの世界に干渉するっていうのは……絶対不可能だと思うんですよねぇ……例えば、魔力も何も通さない透明な箱の中にある人形を動かしてみろって言われたら……出来ます?』
『……無理だな』
『でしょ? 私は異空間からこっちにちっちゃい穴を開けて、魔力を繋げることで思念体を動かしてました。それでもこの世界にはほとんど干渉出来ませんでしたから……彼女が理の外にいるのは間違いないですが、やっぱり何かしらの形で繋がってるんじゃないかなぁと……』
『なるほどな……それがお前の考えるアレの正体か』
『はい……ただ、さっきも言った通り、私のやり方だと不完全なんですよ。本体は異空間にあって、思念体を自由に動かせるっていうところは同じですけど、やってることは全然違いますから。何より、本体と遜色ない力を使ってるっていうのが引っかかりますね。普通、思念体……まぁ、この場合は分身体と言った方が正しいかな……それって、使える能力に制限がかかるんです。本体と同じ力を持つ分身体なんて、本当はあり得ないんですよ?』
『そうなのか?』
『そうですよ……前にも言いましたけど、分身体は力を分け与えて生み出すものなので、本体と同じ力にしようと思ったら、全部あげちゃわないといけなくなっちゃうじゃないですか』
『あー……』
『いや、"あー"って……まぁ、今はいいです。あ、でもそう考えると……やっぱり私が言った方法じゃない気がしてきました……だって、そこにいるのは分身体じゃなくて、本体ってことになりますから……すみませんなんか……いろいろ喋ったのに多分全然───』
『いや、そうでもないと思うぜ?』
『はぇ?』
『俺たちの想像もつかない方法でやってるんだろが、あれが本体であり、同時に異空間にもいて、何かしらで繋がってるってのは……結構いい線いってると思う』
『そ、そうですかね……』
『ああ。お前程の奴が、全てを断ち切るのは"無理"だと言うのなら……繋がりはある。間違いねぇよ。それに───』
アストはヘンリエッタをじっと見つめる。
彼女はいまだに動かず、アストのことを注視し続けていた。
実に、険しい表情で。




