第95話:的外れ
「……逆?」
「そ……戦場に出た魔法使いは、真っ先に狙われるわ。世間では、化け物扱いされている私たち魔法使いも所詮は人間……その中でも、私なんかは最たるものね。さっきあなたに二度も殺されかけちゃったし……肉体を魔術で強化してはいるけれど、その強度は並みの人間よりはマシって程度……まぁ、私に限らず、魔術士から魔法使いになった人って、案外脆いものなのよ」
彼女がそうであるように、魔法使いは魔術士から生まれることがほとんどである。
それは、純粋に魔術の研鑽だけに励むことこそが、この世の理に触れる最良で、最善で、最短の方法であるからに他ならない。
故に、戦士や剣士といった前衛職とは違い、身体を鍛えることはほぼないに等しく、それは近接戦闘に対する圧倒的な脆弱性を生む結果となった。
「一万人を楽に殺せる魔法使いが、たった一人の優秀な戦士に殺される……たまによくある話よ。そして、それが起きたのが先の大戦……かつてペルシアの希望と呼ばれた女と、ペルシアの誇りと呼ばれた男がいたの。二人は夫婦だった……そして、その二人が、ペルシア最後の魔法使いとなったわ」
「……アフマディ夫婦か」
「あら、よくご存知ね。じゃあ、事の顛末も……知っているでしょう?」
その邪悪な笑みに、アストは無言のまま頷いた。
「じゃあ、詳しい説明は省いて……二人を殺したのは、かの"大戦の英雄"……オーガス=ルメルダー。ま、その二つ名も納得ね。彼があの大戦を終わらせたようなものだもの。ただ、やったことは、相当えげつなかったわねぇ……あなたもそう思うでしょ?」
「……まぁな」
「ふふっ……確かに彼は、剣も魔術も使える極めて優秀な戦士だけれど、まともにぶつかれば二人に勝てる道理はない。ま、大抵はそうなのよ。近づければなんとかなる……ということは、近づけなければどうにも出来ないってことなんだから。私たち魔法使いは、その圧倒的な火力で、近づかれる前に叩き潰しちゃえばいいだけなの。それに、他にも身を守る方法はあるわ。優秀な前衛や魔術士と一緒に行動してる人もいるし、軍を指揮して後方から戦場に干渉する人とか、そもそもどっちもいける化け物……とかね」
彼女が語り続けるこの間、アストは表にこそ出さなかったが、既に嫌な予感を抱き始めていた。
ヘンリエッタはそんな彼のことなど気にもせず、さらに語り続ける。
「まぁ、とにかくオーガスは上手くやったわ。まず妻の方を瀕死に追い込み、それを餌に夫もろとも……その結果、ペルシア軍がどうなったか……言わなくても分かるわよね?」
大戦末期。
ペルシアはアレクサンドリアの尽きぬ物量と、優秀な魔法使いたちに押され気味ではあったが、アフマディ夫婦を軸に抵抗を続け、なんとか戦線を維持していた。
しかし、オーガスによって二人が討たれた途端、まだ五十万人以上の兵力があったにもかかわらず、ペルシア軍は一気に崩壊。
その後、一度も盛り返すことはなく、そのまま一気に攻め込まれ、夫婦が討たれてから僅か一ヶ月後、皇都ペルシアは呆気なく陥落した。
「……名を上げたいだとか、自軍が潰される前に潰さなければならないだとか、まぁいろいろと理由はあるのだけれど、魔法使いが狙われる一番の理由は……士気よ。魔法使いは強さの象徴であり、そして精神的支柱でもあるの。それが討たれれば、かつてのペルシアのように、軍は一気に崩壊することになる……だからこそ、魔法使いに敗北は許されない。最強でなければならない。決して手の届かない場所に……いなければならないの」
ヘンリエッタは手を開いて天へと向け、そしてそのまま強く握りしめる。
そして、またニコッと微笑んだ。
「だから、審査はとぉっても厳しいのよぉ? 魔法使いという称号と、アレクサンドリアという最強の国の名に恥じない、全てを納得させるだけの強さがなければ、決してこの名は名乗れない。私が"逆"と言った意味……これでおわかりかしら?」
「……ああ、よく分かったよ。だが───」
「ッ!」
攻撃を受けることはないのに、違う世界にいる筈なのに、破られる訳がないと信じているのに、ヘンリエッタは思わず唾を飲み込んでしまっていた。
「それでも……あんたが死ぬことに変わりはない」
先刻、初めて認識し、理解した"殺気"という存在。
今再びアストから放たれる、そのあまりにも濃いそれによって。
「……ふ、ふふ…………あなた、本当に面白いわね。はったりも、そこまでいくとむしろ愉快だわ。それじゃ、楽しませてくれたお礼に一つ……教えてあげる」
「……!」
ヘンリエッタの魔力が、どんどんと膨れ上がっていくのを感じ、アストはスッと妖刀の柄に手を添えた。
「間違っていたらごめんなさいね? あなた、私の魔力が長いこと持たないだなんて……ひょっとして、そんな風に思ってるんじゃない?」
アストは表情を変えず、ただじっと、彼女へ鋭い視線を向ける。
その間も、彼女の魔力はさらに増え続けていった。
「ふふっ……みんなそう考えるのよぉ? 私に限らず、魔法使いの使う力っていうものは、どれもこれも異常なものだから。でも、考えてみて? それを容易く扱うってこと自体が、もう常識では語れないことじゃない? だから、そんなありきたりな発想じゃ……私たちを測れやしない」
そうして、彼女の膨大な魔力に空間が歪み始めた時、アストはもう何千年振りか、背中に流れる冷たいものの存在を感じていた。
「あなただって、もう気づいてるでしょう? 魔力に不安があるのなら……こんな悠長には喋らない」
「フー……」
アストが深く息を吐くと同時、ヘンリエッタの手が怪しく揺らめいた。




