第92話:対応策
「「「ウォォオォォォォオンッ!!!」」」
「なッ!? わ、わんこちゃんがなんでッ……!」
その場に来られる筈のないケルベロスが、突如として自身の真上に現れたことで、ヘンリエッタの視線がそちらへと向かう。
「……あッ!?」
その一瞬の隙。
ケルベロスのとある力により、空間の固定が解除されたアストは、すぐさま浮遊魔術を発動。
上へと飛翔しながら、錬成魔術で小さなナイフを作り出すと、それをヘンリエッタの眉間へと投げつけた。
「ッ!?」
しかし、それは困惑する彼女の顔面を当然のように通り抜け、そのまま闇夜へと消えていく。
それを横目で確認しながら、アストはケルベロスに触れると、そのままスッと姿を消した。
「い、隠遁魔術ッ……あーもうッ! はぁぁぁあッ!」
見えずとも構わないと、ヘンリエッタは闇雲に空間断裂を放ち続ける。
しかし、確かな手応えは得られず、悔しげな表情を浮かべながら辺りをキョロキョロと見渡すも、完全に姿を消した二人を見つけることは叶わなかった。
「…………やってくれたわねぇ。ぜぇったい……逃さないんだからッ……!」
そうして彼女は、その手を街へと伸ばした。
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「ふぅ……ありがとなケルベロス」
「「「ワフッ!」」」
二人は存在を消したまま、元皇都を囲う城壁の近くへと降り立っていた。
ケルベロスはお座りをしたまま、舌をベロンと出し、尻尾を嬉しそうに振り続ける。
「バティンだな?」
ケルベロスがヘンリエッタの攻撃をかわす為、ペルシア城へと逃げ込んでいたのを見ていたアストは、彼女にそう尋ねた。
彼女はその問いに、三つの頭で同時に頷いてみせる。
「ん、さすがだな……助かったぜ」
城の救援に誰も向かわせないように、城の屋根の上に留まり、屍人たちをコントロールしていたバティンは、そこからアストの危機を察知する。
しかし、持ち場を離れる訳にも、アストからの指示を無視する訳にもいかなかった彼女は、ケルベロスをそこまで転移させたのだった。
「危うく、もうちょい無茶をするハメになるところだったからな……とはいえ───」
アストが上空を見上げると、ヘンリエッタが手当たり次第に街を破壊している姿が目に映った。
「……予想通り城周辺、中心街から破壊してるな。広い街で助かったぜ……これで多少は時間が稼げるが、問題はどうやってあいつを倒すかだな……」
「「「ワウゥ……」」」
「うーん……お前の力でもダメだったからなぁ……本当にこっちからどうこう出来ないのか試してみるしかないんだろうけど、俺もまともに魔力が練れなくなってきたし……」
アストはそう言いながら、微かに震える右手をじっと見つめる。
無茶をして高位の魔術を使用した結果、彼の弱体化はさらに悪化し、残された魔力は残り僅かとなっていた。
「「「ワフッ!」」」
「ん?」
ケルベロスは右の前脚で自分を指し、その場でくるくると回り始めると、今度は素早く伏せの体勢をとった。
「…………ああ、召喚を解けって言ってんのか?」
こくこくと頷く彼女に、アストは微かに笑いながら首を横に振った。
「確かに、お前を戻せば多少はマシになるかもしれないが、どっちにしろ強力な魔術は使えないんだよ。キマリスやサブナックもそうだけど、とにかくルシファーとバティンがでかくてな……大して変わらないんだったら、頭数がいた方がいい。あいつの選択肢を多少は増やせるからな」
「「「ワワゥ……」」」
「なんで落ち込んでんだよ……お前がいなかったら、俺は死んでたかもしれねぇんだ。頼りにしてるぜ?」
そう言いながら、アストは彼女の頭を順番に撫でていく。
彼女は目を閉じてそれを受け入れ、嬉しそうにパタパタと三本の尻尾を振った。
「……よし、ちょっと考える。ぶつぶつ言うと思うが、全部無視してくれ。で、ケルベロスはあいつの見張りを頼む」
ケルベロスが頷くと、アストはその場に座り込み、家屋の壁に背を当てて目をつぶった。
まず彼は、ヘンリエッタがどこか別の戦場に行かないかを考える。
「……ないな。俺を最大の脅威として見てるし、変に執着もしてもらえてる。それに、いざとなれば姿を現せばいいだけだ」
次に考えたのは、ヘンリエッタの魔法。
はたしてその境界魔法が、彼女の言う通りの代物であるとするならば、正直に言って打つ手がないと、彼は率直にそう感じていた。
破る方法があるとすれば、同じく空間を操る能力を持つバティンかルシファーしかいないと考えたが───
「試す価値はあるかもしれないが、対空間魔術については奴も考えている筈……それをひっくるめて"干渉出来ない"と言っている可能性が高い。つか、多分もう試してる筈だ。それで破られなかったから魔法だと言われてるんだろうし……仮に、ルシファーが全力を出せれば違ったかもしれないが……」
ルシファーは、異世界同士を繋ぐ程の力を持つ存在。
ヘンリエッタがその境地に達しているとは、アストにはどうしても思えなかった。
「繋げられるんなら、この世界にもっと影響が出ている筈だし、多分そこまでじゃ……いや、ないものねだりをしてる場合じゃないか。他だ他……」
他の悪魔を使うにせよ、バティンやルシファー以上の空間の操り手などおらず、そもそも新たな召喚自体のリスクが高過ぎるとして、彼はそれを却下する。
「と、なると……やっぱり手持ちの魔術でなんとかするしか───」
「「「ウゥッ……!」」」
その時、ケルベロスが低い唸り声を上げた。




