↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/95

第90話:雷鳴

 

 アストの眼光が、一際鋭さを増すのと同時、ヘンリエッタは身体の中で、膨大な量の魔力を練り上げ始めた。


「……黙って見てると思うか?」


「止めるのは無理よぉ……あなた程度ではね」


 そうして、ヘンリエッタの視界からアストが消えた瞬間、彼女もまた空間を跳躍して姿を消す。


 まるで星が瞬くように、両者は空中に消えては現れ、元皇都の空を転々と移動していった。


「ちッ……」


「ふふっ! 惜しかったわねぇ!」


 時折届きそうになる刃を紙一重でかわしながら、ヘンリエッタは体内に魔力を蓄積していく。


 それをなんとか食い止めたいアストではあったが、彼女の転移が想像以上に早く、また隠遁魔術が通用しないことで、転移先を読むことでしか彼女に近づけない現状に、彼の心の中に微かな焦りの色が見え始めた。


「……無茶をするしかないか」


 多重召喚の弊害により、アストの魔力の総量は、最大値が大幅に減少している状態にあった。


 ここまでの戦闘で、身体強化魔術、錬成魔術、浮遊魔術、隠遁魔術と、彼は複数の魔術を同時に使用しており、また今召喚している悪魔たちが力を使えば使うだけ、彼の魔力は消費され続けていく。


 長期戦は不利。

 そして、さらにここで"魔法"という強力な一手を放たれれば、万が一の事態もあり得ると、彼は覚悟を決め、内包する魔力を全身に巡らせた。


「あら、諦めちゃったのかしら? ……って、そんな訳ないわね。それじゃ、さらなる絶望ってものを……教えてあげるわ」


 アストから数百メートル程離れた場所に転移したヘンリエッタは、そう言って笑みを浮かべながら、一気に魔力を練り上げる。


 そして、それに合わせ、彼女の周囲にある空間が大きく歪み始めた。


 その現象を見たアストは、もはや猶予はないと判断。

 深く息を吐いた後、この世界に戻ってから初めて───


「"雷鳴の権化《ライトニングネーション》"ッ……!」


 ───魔術を、詠唱した。


「うッ!?」


 魔術の詠唱とは、自身の内にある世界と、外にある世界を繋ぐ線を、より明確化する為に行われる。

 要するに、魔術の力を底上げする為の儀式であった。


 無詠唱でも充分な力があれば必要ないのだが、アストは少ない魔力で最大限に効果を発揮出来るように、またより確実にヘンリエッタを仕留める為にと、それを選択したのである。


「ッ!? あ、あれはッ……!」


 アストの身体が青く発光する様を見て、ヘンリエッタは瞬時にそれが何かを察していた。


 "雷鳴の権化《ライトニングネーション》"。

 それは、己の身体そのものを雷(いかずち)に変化させ、文字通り雷速で移動することを可能にするという、雷系魔術において、上位に位置する高等魔術である。


「……ッ!」


 アストは痛みを感じない。

 だが、確かに感じた身体の異変に、彼の表情が険しさを増す。


 ヘンリエッタに追いつく為に使用したそれは、今の彼には過ぎたる力。

 限界を超えた魔術の行使は、確実に術者の身体を蝕んでいく。


「まずいッ……!」


 対するヘンリエッタの表情からもまた、笑顔が消えかけ、そのうなじに"ざわり"と悪寒が走る。

 もさや一刻の猶予もないと、彼女は即座に、己がそう呼ばれる所以を発動───


「……が……あッ!?」


 ───しようとした、まさにその刹那。

 月と星々が彩りを見せる夜空の中に、聞こえる筈のない雷鳴が轟く。


 そして、それが鳴り響くよりも速(・)く(・)、雷へと身体を変質させたアストの黒刃が、ヘンリエッタの腹部を貫いていた。


「ごふッ……」


「ちッ!」


 限界を超えたが故に起きた異変。

 それが、僅かに彼の手元を狂わせた。


 刃を天に向け、切先を前へと突き出し、雷速で一直線に身体ごと突進したアストであったが、貫くつもりであった心臓から下腹部へと、狙いは逸れていた。


 アストはその極小の時の中で、ヘンリエッタの顔を下から覗き込むように見上げる。

 そこに、鮮血を吐き出しながら、妖艶な笑みを浮かべる彼女がいた。


「ッ!」


 確実に止めを刺す為、アストは突き刺した刃をそのまま上へと押し上げ、彼女の身体を両断しようと───


「……なッ!?」


 それは、あり得ないことだった。

 アストの眼前には、腹部から血を流すヘンリエッタが間違いなくおり、その息遣いすらも聞こえていた。


 だが、身体を引き裂く為に押し上げ、振り抜いたその刀は、まるで空を斬ったような手ごたえだけを残し、虚しく彼女の身体をす(・)り(・)抜(・)け(・)て(・)い(・)た(・)の(・)で(・)あ(・)る(・)。


「……本当に、紙一重だったわぁ」


「ッ!?」


 アストは動けなかった。

 刀を下から上へと振り抜いたその格好のまま、空間を固定されて。


「ごほッ……まったく……二度も身体を傷つけられるだなんて……初めての経験よ。しかも、二回ともこんなにふかぁく……んっ……」


 ヘンリエッタは下腹部に手を添えると、その首の傷と同じように、穴が空いた部分の空間を固定した。


「……ま、ひとまずこれでいいでしょう。あくまでも応急処置だけれどね。さて、そんなことより、どうやら決着がついたようね……軍人殺しさん?」


 勝ち誇った笑みを浮かべるヘンリエッタに、アストは返事すら出来ず、ただ睨みつけることしか出来なかった。


「ふふっ……こわぁい。でも、もう無理よ。ここからの逆転はあり得ないの。これは油断とかそんなものではなく、厳然たる事実よ。そうね……せっかくだし教えてあげる。あなたの刃が私をすり抜けた理由……それはね? 私がもう……この世界にいないからよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。