↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/88

第86話:憤怒

 

「「ッ!?」」


 身体を動かせぬまま、ケルベロスは再び自身に起きた異変に気づく。

 普段ならもうとっくに元へと戻っている筈の左の首が、まったく生えてこなかったのである。


「あら、やぁっと気づいたの?」


 ケルベロスは、ニヤリと笑うヘンリエッタを右の首で睨みつけながら、中央の首の目線だけを左へと向ける。

 そこには、すっかり出血の止まった、肉と骨の断面がただあるのみであった。


「さぁ、講義の続きをしましょうか。まぁ、これは私にしか出来ないものだから、覚えても無意味なのだけれど、私はね……空間を固定出来るの」


「「……!」」


「うんうんっ! 頭のいい子は好きよぉ? あ、ちなみに、これが魔法って訳じゃないわ。あくまでも、そこに至る道程で見つけた力……いわゆる副産物ね。今はあなたの周りにある空間を固定して、動けなくさせているのだけれど、ついでにあなたの左首も固定させてもらったわ。これでもう……再生は出来ない」


「「ッ!」」


「ふふっ……声すら出せないでしょう? そういうものなのよ。空間が止まるっていうのはね。それでいて、息も出来るし、見ることも、聞くことも出来る……どう? まるで、あ(・)な(・)た(・)だ(・)け(・)が(・)世(・)界(・)に(・)取(・)り(・)残(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)よ(・)う(・)で(・)し(・)ょ(・)う(・)?(・)」


 "なるほど"と、ケルベロスは動けぬままに心の中でそう呟いた。

 そして同時に、"それならばなんとかなる"と、そうも思ったのだが、ここで一つある問題が発生する。


 これを解くには、彼女は主人(アスト)と交わした約束を破らなければならなかった。


 だが、一度主人と定めた以上、許しなくそれを破ることは出来ない。

 そのしがらみが、彼女の力を大きく削いでいたのである。


「……さて、そろそろお別れにしましょうか。わんこちゃんをいたぶる趣味はないから、一息にやってあげる。本当はこんな苦しませる前にやれたらよかったのだけれど、なまじあなたが強くて大きかったから……仕方がないわよねぇ?」


 不気味な笑みを浮かべるヘンリエッタの手が、ゆっくりちケルベロスへ向けられる。

 それを見た彼女は、諦めるように目を閉じた。


 約束を破るくらいなら死を選ぶ。

 それがケルベロスの矜持であり、忠節を誓った相手に対する礼儀であった。


「それじゃ、わんこちゃん……さような───」


「あんたがな」


「ッ!?」


 突如、真(・)後(・)ろ(・)から聞こえたその声に、ヘンリエッタは瞬間的に空間を跳躍した。

 だが───


「ゔッ……!?」


 少し離れた建物の屋根へと転移したヘンリエッタの首筋から、どろりと赤い血が溢れ出す。

 アストが放った神速の抜刀は、消える刹那を確実に捉え、彼女の首に致命傷を与えていた。


「ごふッ……ごのままだと……げぼッ! あー……じぬわねぇ……ふふッ……!」


 彼女は真っ赤な口で笑みを浮かべながら、左手を傷口に添え、そのまま空間魔術を発動した。


「んんッ……あー……ゔぅんッ! んん? スー……ハー……ん、繋がった……」


 やがて衣服についた赤い血が広がり切った頃、彼女はスッと立ち上がる。

 その首には、半分程切(・)れ(・)込(・)み(・)が入っていた。


「さて……お礼をしないと、ね」


 そうして、アストたちがいる方向に、笑顔を向けた。



 ──────────────────



「「「ウオォンッ! ヒィンッ……ヒィンッ……」」」


「よしよし……無事でよかったな」


 激しく尻尾を振り回しながら、ケルベロスは顎を地面に付け、アストに三つの鼻を擦り付ける。

 彼はそれらを優しく撫でながら、周囲の魔力を探っていた。


「…………ちッ、手ごたえはあったんだがな」


 完全には断ち切れなかったが、彼は刃が深く入り込む感触を確かに得ていた。


 しかし、少し離れた位置に魔法使い(ヘンリエッタ)の気配を感じ取ったアストは、ケルベロスの鼻をポンポンと叩いた後、その方向へと視線を向ける。


「「「クゥゥン?」」」


「ん? ああ、まだ生きてるみたいだ。間に合うか微妙だったから、やばいと思って声をかけちまったんだが……どうやら裏目に出たらしい。身体が重かったのもあるが……つか、お前が戦ったにしては……やけに建物が残ってるな」


「「「オォンオンオンッ!」」」


「……なんで怒って───あ、ひょっとして、俺が建物をなるべく壊すなって言ったからか?」


「「「ガルルルゥッ!!」」」


「あー……すまん。あれは、逃げ遅れた民間人をお前が潰さないようにって、そういう意味だったんだよ。あっ……じゃあ、あれか? 無茶をするなっていうのも守ってたのか?」


「「「グルルルルッ……」」」


「す、すまん……今度からはもう少し詳しく指示を出すよ。後でたらふく甘いもん食わせてやるから……許してくれるか?」


「「「……ウォフッ」」」


「ん、ありがとな。さて、じゃあ……こっからは好きにやっていいぞ。二人であいつを倒すんだ。いいな?」


「「「ウオンッ!」」」


「よし……そら、来たぞ」


 二人の見つめる先に、鮮血で汚れた服を纏うヘンリエッタが、青く長い髪を靡かせながら宙に浮いていた。

 そして、その表情は───


「……あんた、変態か?」


 アストは思わずそう尋ねていた。

 何故なら、彼女がとても嬉しそうに、笑っていたから。


「あら、どうして?」


「そりゃ首が半分切れてんのに、嬉しそうに笑ってるからだよ」


「ああ……ふふふっ! えっと、まずは自己紹介からよねぇ……私はヘンリエッタというのだけれど、あなたのお名前は?」


「……軍人殺しと、そう呼ばれているぜ」


「あらっ! あなたがそうなのぉ!? あらあら……じゃあ、この騒ぎもぜーんぶ……あなたの仕業ってことぉ!?」


「そうなるな」


「あはっ!」


 パチパチと、彼女はやはり嬉しそうに笑いながら手を何度か叩く。

 その様子に、アストは嫌悪感を抱いた。


「あっ! お返事がまだだったわねぇ……えっと、まず私は変態じゃないわぁ。それで、あなたがそう思ったのは、私が笑っているからよねぇ?」


「そうだな」


「うんうんっ! じゃ、いいこと教えてあげる。人はね、笑っちゃうものなのよぉ……本気で頭にくるとね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。