第84話:借り物
彼とて一軍の将。
周囲で何が起きているのか、また自身が何を為さねばならぬのか、それを当然把握していた。
不測の事態により止まった自軍。
眼前で不気味に構えるこの襲撃の首謀者。
どちらにも対処出来るのは、もはや自分をおいて他におらず、そして早く対処しなければ、ここで全てが終わってしまう可能性すらあると、彼はそう判断したのだ。
状況が違えば、無理に攻めることをせず、味方と連携して追い詰めるといった、別のやり方もあったかもしれないが、残念ながらそうはならなかった。
故に、彼は二歩三歩と、前に出す足の速度を早めていく。
「決着をつけようやッ……!」
パーシアンは最上段の構えから微かに肘を曲げ、左肩を前に出すようにして半身へと移行。
右肩に触れない程度に大剣を担ぐと、そのまま足裏から魔力を放出し、地面を爆破して一気に加速した。
「……フー…………」
高速で迫る爆炎の男を前に、アストは深く息を吐くと、さらに身体を沈ませていく。
そうして、両者が互いの間合いに入ったその瞬間───
「"炎の障壁"ッ!!」
パーシアンの詠唱とともに、アストの視界が炎の壁によって塞がれる。
炎熱にさらされた前髪から微かに煙が上がり、チリチリという音と、鼻につく嫌な匂いが漂う中、アストはそっと目を閉じた。
直後、聞こえたのは細かな爆発音。
三度鳴り響いたその残響も消えぬ最中、確かに感じた右から迫る脅威の気配に、アストは左の親指で刀の鍔を弾いた。
「なッ……あッ……!?」
刹那握った刀の柄。
足首から膝、そして腰の捻りを右腕へと流し、彼は刃を滑らせるように引き抜いた。
そうして姿を露わにした黒刃は、そのまま左下から右上へと軌跡を描き、右上部から迫る赫灼の大剣を両断した後、返す刀の袈裟斬りで、パーシアンの身体に深い傷を刻みつけた。
「がッ……ごふッ……!」
一秒どころか、その半分にも満たない時の中で繰り出された二つの斬撃。
断ち切られた大剣の刃が地面に刺さる頃、口から血を噴き出したパーシアンの巨体が、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
アストはそれを見届けると、刀を振って血を払い、鞘へと静かにそれを収めた。
「く……そッ……」
「おいおい……タフだな。並の人間なら、即死していてもおかしくないくらいには斬ったんだが……」
「そ、その剣は……そんなもんで俺のッ……ゼェ……き、斬れる筈がねぇ……」
「……あんたが察してる通り、こいつは普通の武器じゃない。制約はいくつかあるが、使いこなせばなんでも斬れちまう……本物の持ち主は、こいつのことを"妖刀ムラマサ"と、そう呼んでいたよ」
「よ、よう……? ククッ……な、なんだそりゃ……訳分かんねぇ……」
「フッ……まぁ、目隠しまではよかったよ。ただ、あの爆発は余計だったな。撹乱のつもりだったんだろうが、あれで気配が分かった」
「ハッ…………が、柄にもなく……焦っちま……ったかな……」
アストの目的は、アレクサンドリア軍とその関係者を全て排除し、元皇都を完全に制圧することであった。
十万という大軍を抱える南方司令部とまともにぶつかれば、いかに悪魔の力を持つ彼であっても、制圧までには時間がかかり過ぎてしまう。
そうなれば、余計な邪魔が入る可能性が高く、その為に通信設備やゲートを破壊した上で、同時多発的な奇襲作戦を実行したのだった。
ジャバーを最初に排除するという考えもあったが、それは司令部が多少混乱するだけで、いずれ別の者がそれを引き継ぎ、すぐに態勢を立て直されてしまうだけだと判断。
故に彼は、あえてジャバーを生かすことを選択し、また彼が地下にいるタイミングで事を起こすことにより、指揮系統の移行判断を鈍らせ、敵司令部の初動を抑えることに成功したのだった。
結果、全てが後手に回ることとなり、パーシアンの中に強い焦燥感が生まれたのもまた、必然であったと言える。
「まぁ、そうなるように仕向けたんだ。あんたに非はないよ」
「ごふッ……ゼェッ……そ、そうかよ……なんの……ぐ……な、慰めにも……なら……ね…………」
意識を失ったパーシアンを一瞥すると、アストは空を見上げる。
瞬間、彼の視界が暗転し、次に見えたのは城上部からの景色であった。
「お疲れ様ですの。さすがはアスト様……お見事でしたわ」
「ああ……」
バティンの力で転移したアストは、そう言いながら下を覗く。
一気に数を増やした屍人の群れに押し返されたパーシアンの部隊は、そのまま左右両軍ともに後退。
その流れでパーシアンを回収し、東門からの撤退を始めた彼らを見て、アストは無言で何度か頷いた。
「しっかし……身体が重いな」
「そりゃそうですの……むしろ、それであの動きが出来るのが信じられませんわ」
「いや、なんとかってとこだけどな……まぁ、どこまでやれるかも試したかったし、旅団長クラスが甘い相手じゃないってことも、魔術がろくに使えないってことも分かった。いい収穫だったよ」
「ま、それならよいのですけれど……」
「ところでバティン、民間人はあらかた街の外に出たか?」
「まぁ、わたくしの見る限りは。少なくとも、お城の近くにはいないですわね。ケルベロスがあなた様に向かって鳴いてましたもの」
「そうか……」
「というか、やっぱりあの制約は余計だったのではなくて? 毎回毎回面倒ですわよ?」
「まぁな……けど、あれで俺の本気度が伝わっただろうし、向こうにもやりがいが出るだろ。それに、俺だって別に……無関係の人間を殺したい訳じゃない」
「ふーん……お優しいこと」
「なんとでも言え」
ニヤリと笑うバティンに、アストはバツの悪そうな表情を浮かべながらそう答えた。
「ま、あなた様がそれでよろしいのなら、わたくしたちは従うだけですわ。で、この後はどうしますの?」
「そうだな……ルシファーとサブナックはまだほっといていいから───」
そうしてアストの視線が、城の正門方向へと向けられた。




