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第83話:本身

 

「はぁッ……はぁッ……!」


 剣の切先を地面へと刺し、大きく肩で息をするパーシアンは、額から流れる大粒の汗を拭うこともせず、ただじっと目の前に佇む男を睨みつけていた。


「フー……」


 対するアストは、身体中に重くのしかかるような負荷を感じつつも、一つ深呼吸するだけで息を整えると、涼しい顔でパーシアンを見つめ返した。


「ちッ……」


 "底が見えない"。

 パーシアンが抱いた印象は、やはりそれであった。


 持ち得る全てを使い、全力で倒しにいった己に対し、相手が使ったのは身体能力強化の魔術のみで、あとは基本的な剣術のみ。


 それでも仕留め切れず、それどころか疲弊しているのが己だけともなれば、そう思うのも無理はない。

 だが───


「舐めやがって……!」


 それで十分だと、そう思われていることが、彼には我慢ならなかった。

 無論、アストは彼を舐めてなどいない。


 確かに複数召喚により、使える力には制限がかかっており、彼が全力とは程遠い状態にあるのは事実である。


 ただ、それでも彼は強者のままであり、むしろ幾度かあった決着のタイミングを、長年蓄積された経験と技術で受け止め、回避してきた彼に対し称賛こそすれ、そのような気持ちなど微塵も抱いていなかった。


 とはいえ、そんな事情など知らないパーシアンからすれば、使える筈の魔術をほとんど使用しない彼の行動は、明らかに自分を下に見ていると、そう感じざるを得なかったのである。


「ぬぅんッ!!」


 気合いとともに、パーシアンは大剣を上段に構えると、そのまま魔力を剣《つるぎ》へ注ぎ込む。

 みるみるうちに鋼は熱を帯び、炉に入れた鉄のように赤く、そして白く輝き始めた。


「"赫灼大剣《オーバーフレイム》"ッ……!」


 大剣に高熱を纏わせるそれは、防ごうとした武器ごと相手を焼き斬り、回避したとしても熱によって焼き焦がすという、受け殺しの魔術。


 魔力節約の為、常用しないように立ち回っていたパーシアンであったが、もはや先のことなど考えている余裕はないと、その覚悟を形にし、アストへとその刃を向けた。


「……」


 それを受け、アストは手にしていた黒剣を空中に放り投げる。

 次の瞬間、黒剣はまるでほどけるように、細かな魔力の欠片となって霧散していき、それを見たパーシアンの目が大きく見開いた。


「なッ……れ、錬成魔術……だと!?」


 彼が驚くのも無理はなかった。

 本来、錬成魔術によって生み出された物は、使い捨ての消耗品に過ぎない。


 錬成魔術は基本的に、投げナイフなどの投擲武器に使用したり、暗殺者が侵入先で武器を得る手段として用いられたりすることが一般的であった。


 それは、使用者の練度にもよるが、基本的に実在する武器と何度か打ち合えば、魔力で出来た武器はその衝撃に耐え切れず、大抵は砕けて消滅してしまうからである。


「あ、あり得ねぇ……それで俺の剣と……打ち合ってやがったってのか……?」


 ましてや、彼が使用する大剣といった重量級の武器と打ち合おうものならば、二度目の機会すら得られる筈がなく、最初の一合で粉々に砕けていなければ理屈に合わない。


 それ故に、パーシアンはアストが握る剣《つるぎ》が実物のもので、どこからか出したか、召喚でもしたものと誤認し、あまつさえそれが"業物"であると、そう口にしたのであった。


「ああ……錬成魔術も捨てたもんじゃないだろ? 時間だけはあったんでね……鍛えまくってたらここまでになった。だが、あんたのそれはさすがに受け切れないからな……俺も、本身を使わせてもらう」


「ほ、本身?」


 ズッ、と───アストが伸ばした右腕の先に、黒い渦のようなものが現れ、彼はそこへと迷わず手を入れた。


「空間魔術……!」


「まぁ、転移は出来ないけどな……残念ながら、俺にはそっちのセンスがなくてね。魔術ってのは、時間をかけて鍛えれば鍛える分だけ上達はするが、逆に使えないもんはどうしたって使えないままなんだよ。俺は一万年でそれを学んだ……所詮、俺は凡人だからな。これが精一杯の使い方って訳さ」


「い、一万年……? おめぇ……何を言って───」


 そうして引き抜かれた右手には、三日月を思わせる微かな反りが特徴的な、持ち手から鍔《つば》、鞘に至るまで全てが黒い、パーシアンからすればただの棒にしか見えないようなものが握られていた。


「うッ……!」


 しかし、次の瞬間、彼は思わず半歩下がってしまう。

 感じたのだ。

 それが、得体の知れない何かを孕んでいると。


「こいつは剣の一種で、刀と呼ばれるものらしい。武器集めが趣味の知り合いから借りてるんだが……不思議と手に馴染んでな。今じゃ───」


 そんなことを語りながら、アストは左手で鞘を握り、親指を鍔にかける。

 そして、それをそのまま左の腰に当て、右足を前に出しながらスッと重心を落として低く構えると、右手を柄《つか》に触れるか触れないかの位置に、そっと添えた。


「ッ!」


「───これが、一番のお気に入りだ」


 上段に構えた己の大剣から発せられる熱を感じながら、同時にパーシアンは、背筋に冷たいものを感じていた。


 初めて見るその武器と構えに、パーシアンの本能が"近づくな"と、そう警告を発する。

 だが───


「……おぉぉぉおぁぁぁぁぁあッ!!」


 それでも、彼は気合いとともに、足を前へと踏み出した。


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