第82話:浮いた駒
現在アストは、悪魔を複数体同時に召喚している。
強大な力を持つ悪魔たちを多く召喚すればするだけ、当然盤面に強い影響力をもたらすことが出来る訳であるが、その反面デメリットもあった。
「わたくしを含めて五体……お一人でその全ての体力と魔力を補っているようなものですし、アスト様の身体には今、とてつもない負荷がかかっている筈ですわ」
リリアナたちとの戦闘時、アストはルシファー、レヴィアタン、グシオンの三体を同時に召喚していたが、その際も体力の減少や、魔力が練りにくくなるなどといった、彼自身の戦闘能力が制限される程の負荷がかかっていた。
それが今回は五体であり、加えて公爵以上が三体ともなれば、まるで鉛の鎖でも巻きつけられたかのように身体は重くなり、魔力が練りにくいことで強力な魔術も使用出来ないという、かなり弱体化した状態で戦闘を行っていたのである。
「さて、もう少し眺めていたいところですけれど、あまり悠長にはしていられませんの。ケルベロスも頑張っているようですし、わたくしもお仕事をしないと」
そう言うと、彼女は城の頂上から周囲を見渡す。
パーシアンが引き連れてきた南方軍約一万は、東門の前で激しく斬り合う二人を避けるように左右へと展開。
五千ずつに分かれた部隊は、それぞれを率いる連隊長の指示のもと、城外にいる屍人たちを蹴散らしながら、城の正面玄関へと向かって進軍を続けていた。
「まずは、あれの足止めからですわね。んー……効率よくやるなら……あっ! そうですの! いいことを思いつきましたわー! よっと!」
「───む、戻ってきたのか?」
「んふっ! ちょっといいことを思いついたんですの」
バティンは、地下の劇場でいまだ能力を使用し続けるキマリスの隣へと転移すると、大量の屍人で溢れ返る観客席を嬉しそうに眺めながらそう言った。
「よいこと?」
「ええ……ほら、使える駒は使わないと、ですわ」
二人が眺める先、もはや行き場を失い、立つ場所すらなくなった屍人たちは、折り重なるようにして蠢き、その数は溜まる一方となっていく。
また、肉のぶつかる音や、嗚咽のような声、鳴き声や雄叫びなど、音が響くように造られている劇場内は騒音と雑音の坩堝と化し、その様はまさに、地獄が溢れかえった光景そのもののようであった。
「ふむ、確かに……いまだに湧き続けてはいるが、上で詰まっていてほとんど動けぬようだ。見ていて少々不憫でもある……使えるなら使ってやってくれ」
「お任せあれですわ。それじゃ皆様ぁ……いってらっしゃいですのー!」
フッ───と、一瞬で彼らの姿と音が消え、劇場内に不気味な程の静寂が戻った。
だが、すぐさま地面から手が生え出し、また新たな屍人たちが顔を覗かせる。
「あらぁ……まだまだいそうですの」
「そのようだ。ところで……左に座す者よ、もし我が力が不要になったのなら教えてくれ。それまではここにいよう」
「分かりましたわ。では、通路にいる方々も外に送ってきますの!」
「ああ……そうしてやってくれ」
バティンは鼻歌を口ずさみながら、どんどんと屍人たちを転移させていく。
そうして地下が静かになっていく一方で、地上はとんでもない事態となっていた。
──────────────────
「な、なんなんだこれはッ……!」
東門から右へと展開した部隊を率いるデリックは、突然の出来事に困惑を隠せなかった。
数は多いものの、簡単に倒せる屍人たちは彼らの敵ではなく、特に問題なく進軍することに成功。
城の南側にある正面入り口に近かったこともあり、もう間も無くで辿り着くと、デリックがそう考えていたまさにその時、それは突然起こった。
「連隊長ダメですッ! 隊列がッ……統率が取れませんッ!」
「くッ! なんで奴らがッ……上から降ってきやがるんだッ!」
数千人の屍人が、突如として部隊の中央へと降り注ぎ、それによって隊列は崩れ、もはや制御不能の乱戦へと追いやられていたのである。
『デリックッ!』
『エンリケッ……貴様の方もかッ!?』
『ということはそっちもかッ……まずい状況だなこいつはッ……!』
『なんとか態勢を整えるしかあるまいッ……悪いが援護は出来んぞッ!』
『分かってる! 死ぬなよ!』
『お前もな!』
念話を切ったデリックは、そのまま周囲を見回す。
屍人は尚も空から降り続け、兵士たちはその都度現れるそれらに対処することで手一杯となっていた。
「まずい……パーシアン様ッ……!」
振り返ったデリックの視界に、遠く離れた位置で斬り結ぶ二つの影が映る。
「あの方と互角に……こちらでやるしかないか。全軍に通達ッ! 一旦隊を引くッ!」
「りょ、了解ッ!」
「た、隊長ッ! 背後にも奴らがッ!」
「なッ……まだ増えるのか!? クソッ……退路を確保するッ! 全員俺に続けぇッ!」
右へと展開したデリック隊が後退を始め、左へ回ったエンリケ隊もまた、ほぼ同じタイミングで下がり始めたのを城上部で確認したバティンは、やはり嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。
「んふっ! これでいいですの。さて、これでゆっくりと……アスト様の戦いが見られますわ」
そんな彼女の視線の先。
両者の戦いが今、佳境を迎えようとしていた。




