第76話:重なる報告
バティンが指差す先。
劇場の二階席には、屍人にはらわたを貪られる兵士が一人転がっているだけで、ジャバーの姿はどこにもなかった。
「フッ……逃げ場なんて、どこにもねぇのにな。まぁ、まだ奴には聞きたいこともあるし……追うとするか。キマリス、このままここで能力を維持しておいてくれ」
「承知した」
「バティン、城の上部に───」
「アスト様? その前に……肩を治した方がよろしいかと」
「あ……」
アストの背中を覆うマントからは、血がポタポタと滴り落ちていた。
彼はバツの悪そうな顔をしながらブエルの力を使い、それを癒した後にため息をつく。
「すっかり忘れてたわ……ありがとうバティン」
「まったく……痛みを感じないというのも良し悪しですわね。それじゃ、参りますわよ?」
「ああ、頼む」
そうして二人が消えると、キマリスは剣の柄頭に両手を置き、尚も溢れ出し続ける屍人の群れをじっと眺めた。
「業深き存在か……さて、我らが契約者の行末は、はたして如何に……それもまた、一興なり」
彼は一人そう呟くと、顎骨をカタカタと鳴らした。
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「はぁッ……はぁッ……!」
部下を見捨て、地下の劇場から逃げ出したジャバーは、隠し通路を通って自身の部屋へと辿り着いていた。
「な、なんとか……なんとかしなければッ……!」
本国に伝わる前に、この事態を収束させるしかないと、彼は慌てて通信機に手を───
「ッ!」
と、伸ばしかけたその時、通信機の呼び出し音が鳴り響き、彼は震える手でそれを握った。
『あッ! か、閣下!? 閣下でありますかッ!?』
それは、城の二階にある通信室からの連絡であった。
「な、なんだ! 何があった!?」
『どこからお伝えすればよいのかッ……ま、まず! 城の一階部分に動く死体のようなものがどこからか大量に現れッ……城内の人間が次々に襲われていますッ! もう何人も奴らに喰われてッ……!』
「ぐッ……!」
『今はなんとか一階で食い止めてはおりますが、奴ら凄まじい勢いで増えており……突破されるのも時間の問題かとッ……!』
「分かったッ……私が直接指揮を執るッ! 今そっちに───」
『お、お待ちくださいッ! まだ他にも報告がございます!』
「なんだ!?」
『死体どもが現れたのとほぼ同時に……廃墟街のペルシア人たちがその……あれはなんと言ったらよいか……と、とにかく! 奴らは巨大な獣を引き連れて内壁を襲撃ッ! 防衛隊は全滅し……現在この城へと向けて進軍中でありますッ!』
「なッ…………ま、まさか……そういうことか……?」
ジャバーはここで気づく。
地下に現れたあの男こそ、廃墟街に入り込んだ異物であり、この襲撃を企てたそのものであると。
「だ、だとするなら……おいッ! シャナリーゼは……シャナリーゼは何処にいる!?」
『シャ、シャナリーゼ様は……その……』
「なんだ! 早く言えッ!」
『ッ! シャナリーゼ様は乱心されッ……何故かゲートを破壊ッ! 駆けつけた兵士たちにも攻撃を加えた為……やむをなくその場で……』
「……な、なんだと…………馬鹿な……シャ、シャナリーゼが……?」
『さらに……長距離通信施設も破壊されており、こちらもおそらくシャナリーゼ様の仕業かと……その為に現在、本国との通信は不可ッ……救援も望めない状況にありますッ!』
「な、なんということだッ……!」
驚きはしたものの、実際ジャバーからすれば、これは朗報でもあった。
長距離通信が不可能となったことで、下手に誰かが本国へと連絡を入れることもなくなり、ゲートの使用による救援要請も出来ない以上、解決さえしてしまえばこの場だけで全てが収まる。
『また───』
情報統制は後でいくらでも可能だと、彼が内心そう思ったのも束の間、部下からの次なる報告が、彼の考えを百八十度反転させる。
『へ、兵舎が襲撃されッ……我が軍の損耗は既に、一万を超えておりますッ!!』
「…………は?」
南方司令部の常駐軍の総数は約十万。
騒動が起きてから僅か十数分で、既に総軍の十分の一を失ったという報告に、ジャバーは我が耳を疑った。
「ッ! て、敵の数はッ!?」
『そ、それが……一人ですッ……!』
「ひ、一人!? き、貴様は何を言ってッ───」
『本当なんですッ! 映像で確認済みでッ……本当にあの女一人にッ……我が軍は手も足も出ず……蹂躙されておりますッ!』
「ばッ……馬鹿な……!」
『現在も戦闘は継続中でありますが、奴にはどんな攻撃も効果がないんですッ! 大隊長どころか連隊長クラスでもまるで歯が立たずッ……!』
「待て……パーシアン旅団長は……奴はどうした!?」
『りょ、旅団長は全体の指揮を……前に出られようとされたのを、その場の兵士たちが必死に止めたのですッ! もし今あの方がいなくなれば、ここは終わりだとッ……!』
「よ、よし……賢明だったな……ひとまず奴と直接話がしたい! すぐに城へと向かうよう伝えろッ!」
『わ、分かりました! そ、それから民間人の避難についてですが、奴ら何故か民間人には手を出さないので避難はスムーズに……ですので! 終わり次第合流して総攻撃を───』
「みっ、民間人などどうでもよいわッ!! 浮いている駒はすぐに城へと向かわせろッ! なんとしてもここを死守するのだッ……その女とやらには、適当な部隊を当てて時間を稼がせろッ! まずはあの死体どもを駆逐せねば……さっさとパーシアンと兵をこちらに向かわせるのだッ! 分かったかッ!?」
『は、はっ!』
「なんというッ……何故こんなぁッ……!」
通信が切れた瞬間、ジャバーは嗚咽にも似た声を出した後、机を激しく叩いて唇を噛み締めた。
何もかもが上手くいっていた人生が一転、今は奈落の底へと落ちる一歩手前まで来ている。
「ふざけるなッ……とにかく奴だ……奴を……殺さねばッ!!」
薄氷に無数のヒビが入り、自身が座す鋼鉄の王座が沈みかけていることを自覚したジャバーは、地下で見たあの男、アストを殺すしかないと、そう判断した。
無論、それは間違ってはいない。
間違ってはいないが───
「ここは五階……まだ時間はある……ある筈だッ……」
戦闘音が微かに聞こえ、ジャバーはひとまず外の様子を確認しようと窓に近づき、そっとカーテンを開けた。
「うぅッ……!」




