第75話:遺恨
「ひっ……あぁぁぁあぁぁぁあッ!?」
劇場内はあっという間に、蘇った屍人の群れに飲み込まれていく。
その数はゆうに百を超え、尚も増えながら客たちに次々と襲いかかった。
「ぎッ……やべでッ……ぁぁぁぁぁああああッ!!」
「たすげッ……ごぼッ……」
「うッ! あぁッ!? い、いやぁぁぁぁあッ!?」
「「「オォォォォオォオオッ!!」」」
人買いたちは、それぞれが無数の屍人にしがみつかれ、その指を、足を、鼻を、胸を、耳を、首を、そして局部を、全身余すことなく貪られていく。
「あらー……んふっ! 派手にやりますの」
血飛沫と悲鳴が劇場内に満ちていく様にバティンがほくそ笑む中、キマリスは顎骨をカタカタと鳴らし始める。
それは彼にとって、喜びの感情を表現する仕草であった。
「これぞ我が能力……"死して尚遺恨は消えず"なり」
キマリスは死霊を操る悪魔。
その土地に、そしてその人物に、縁深き怨嗟の念を持つ死霊を喚び出し、その無念を晴らす代わりに使役する。
「貴公らが無実というならば、死霊どもは手を出さぬ筈であったが……ふむ? どうやら、それには程遠いようだ」
カタカタと、尚も顎骨を鳴らす彼に、アストもまた笑みを浮かべながら頷いた。
「んー……いい光景だ。やっぱり、復讐ってのはこうでなくちゃなぁ……そう思うだろ?」
「ええ……そうですわね」
そう。
怨嗟の念に導かれ、蘇った彼らが行うは意趣返し。
彼らはただ、奪われたものを奪い返しているに過ぎない。
刻まれた身体の部位を、犯されたその尊厳を、そして踏み躙られたその人生を。
遺恨は消えない。
死して終わるものなど何もない。
それはただ、残った彼らが勝手にそう思い込んだだけの、傲慢さ故の驕りに過ぎないのである。
「しっかし、俺が言うのもなんだが……こいつらどんだけ殺してきたんだ?」
「彼奴らもさることながら、真に悍しくはこの土地よ。いったいどれ程の数を飲み込んできたのか……もはや我ですら見当がつかぬ。なんともはや……業の深きことよ」
やがて客たちの悲鳴は止み、その死骸を貪り続ける屍人とは別、床や壁から、次々と現世に甦り始めたのは、鎧を着た屍人の群れであった。
それらを見たキマリスは、首の骨をわざとすくめてみせる。
"面白い"と、そう感じて。
「それにしても、屍人様たちは随分とまた……急いでいらっしゃるようですの」
地の底から這い出た彼らは、その腐った足を前へ前へと運ぶと、劇場の入り口へ向けて列を作り、凄まじい勢いで外へと向かって行進し続けていた。
「確かにな……キマリス、意識は読めるか?」
「ふむ……暫し待て」
キマリスは死霊の念を捉え、彼らの求めるものをある程度把握することが出来る。
それにより、効率よく死霊の軍勢を操ることを可能としていた。
「なるほど……どうやら、城を取り戻そうとしておるようだ。また、何かを探して───ああ……王だな」
「王?」
「おびただしい量の思念だが……主には二つだ。"我らが城を取り戻さん"と、"我らの王は何処か"……彼らはずっとそう叫んでおる。しかし、そうなると……少々解せんな」
「何がだ?」
「この地の王は、ここで討たれたのであろう?」
「ああ、そう聞いてる」
「であるならば本来、王は軍勢の先頭に立つ筈なのだ。もはや意識や知性といったものは失われているが、生前の役割は強い念となり、ああなっても必ず残る。数え切れぬ程にこの力を使ってきたが……それは確かだ」
「それじゃ、ここに王がいないのはなんでだ?」
「二つに一つよ。ここでは死んでおらぬか……まだ、生きているか……そのどちらかだ」
アストは思わず眉を顰めた。
「……マジか。じゃあ、ここで処刑された王族は……偽物だったのか?」
「ふむ……影武者を作り、民を置いて逃げ出した、ということも考えられるが、我はこの地の王がどのような者だったかを知らぬからな。そのような真似をする王だったのか?」
「いや……聞いている限りだが、そんなことをする人物だとは思えないな」
遠く離れた地に住んでいたアストですらが、ペルシアの王の逸話をよく耳にしていた。
曰く、"民の次に国あり、その支えに己あり"。
魔法使いを多く有するなど、強大な力を誇ったアレクサンドリア帝国を相手に、四十年もの長きに渡り戦い続けられたのは、偉大な王に忠誠を誓った臣民が、真に一致団結していたからだとされている。
実際に、ペルシア王は最前線に何度も立ち、味方を鼓舞することで劣勢を幾度も覆すなど、己の命など顧みず、ただひたすらに国のことだけを考えて行動する人物であった。
はたして、そんな逸話ばかりが残るペルシア王が、己の命大事さに民を見捨て、逃げ出すようなことがあるのだろうかと、アストは強い疑問を抱いた。
「ふむ……まぁ、今は考えても栓無きことよ。なんにせよ、死霊の群れは解き放たれた。あとは本能のままに仇敵を求め、ただ城を蹂躙するのみ。問題はなかろう?」
「ああ……まぁな」
「ねぇねぇ、アスト様?」
「ん?」
「ジャバーが逃げましてよ」




