第71話:殊勝な態度
だろうな……バルバロス大将は用心深く、頭もめちゃくちゃに切れるうえに勘も鋭い。
たまに違う世界の人間なんじゃないかと思う程、考え方というか……発想が特殊なんだ。
まぁ、だからこそあの地位にいる訳だが。
おまけに部下も優秀だし、そう簡単に尻尾を掴ませちゃくれないだろうな。
「外からだけではなく、中からも見ないと……おそらくフィオナには辿り着けない。それで、軍内部の協力者を探すことにした訳だ」
「なるほど……俺は、お眼鏡にかなったってことか」
「ああ。話しているうちに分かったからな。あんたは頭も切れるし、状況判断にも優れている。だが、一番の理由は……あんたが国じゃなく、人に忠を尽くす人間だということだ」
「人に忠を……?」
「あんたは国よりも人を取る。そういう人間だ。じゃなきゃ、俺の誘いなんて受けないよ。アレクサンドリアからすれば、これは叛逆行為以外の何ものでもないからな。国を取る人間なら……そいつは間違いなく死を選ぶだろうよ」
「あー……」
言われてみれば確かに……だが、まぁ仕方がない。
俺の命だけなら構わないが、それ以外もとなると……結局、俺が甘いだけなんだろう。
「ま、そういうことだ。ん、忘れるところだった……これを渡しておく」
「ん? こいつは魔石と……髪飾りか?」
青い大きな水晶のようなものが付いたそれは、この僅かな灯りしかない暗闇の中でもキラキラと輝いていた。
「魔石は念話魔術用だ。常に携帯しておけ。で、その髪飾りは……フィオナがよく付けていたものだ」
……なるほど。匂いか。
「じゃ、ターニャちゃん、これは君が持っていてくれ」
「あっ! はいであります!」
髪飾りを渡すと、彼女はそれを大事そうにカバンへとしまった。
「ターニャの鼻は一級品だ。なんせ、俺を二回も見つけてるからな……それがあれば、多少は探しやすくなるだろう」
確かにそうだが……彼女の力は、対象にある程度近づく必要がある。
奴を見つけられたのは、あくまでも事前情報があって、それを元に推理した結果だ。
まずは、フィオナがいる街を特定しないと、ターニャでも見つけられない。
「ちなみに、南部はくまなく探したが……おそらくフィオナはいないと思う。バルバロスの影響力がそこまで高くないからな。最初から期待はしていなかったが……まぁ、あるとすれば……ここだな」
奴はそう言って、トントンと床を足で叩いた。
「元皇都か……確かに、ジャバー少将はバルバロス大将派だからあり得るな」
「ああ。ここは俺が探す。あんたらは、まず帝都を探してみてくれ」
「分かった」
「よし、それじゃあ話はこれで終わりだ。バティン、送ってやれ」
「えっ? い、いや、ちょっと待て!」
「なんだ?」
「まだ……カサンドラを解放してもらってない」
「ん? なんで解放する必要があるんだ?」
「は!? いや、だって命の保証は───」
「ああ、命は保証する。だが、解放するとは……一言も言ってないぞ?」
「ッ!」
やられた……!
こいつッ……最初からそのつもりで───
「お前ッ……!」
「落ち着けよジェスター……ほら、カサンドラも怯えてる」
「あ……ああ……ジェスターさんっ……」
「カサンドラッ……!」
「まぁ、手荒な真似はしないようにするよ。だが、あんたらが言うことを聞かないなら……どうなるかは分からないがな」
クソッ……完全に俺のミスだ。
命の保証ってとこで安心しちまってた……この馬鹿野郎がッ……!
「まぁ、これは条件にないが、カサンドラはフィオナを無事に救出されたら解放する……と、いうことにしようか」
こいつ……わざと黙ってやがったな。
俺がカサンドラに触れないのをいいことに───
「…………分かった。必ず守れよ」
「当然だ」
「カサンドラ……すまん。必ず助ける。待っててくれ」
バティンに拘束されたまま、カサンドラは震えながらも、俺にこくりと頷いてみせた。
怖いだろうに……だが、今はこうするしか───
「ああ、それから……ここはもうすぐ戦場になる」
「はぁ!? な、何を言って……!」
「明日には全部分かる。とにかく邪魔だから、さっさと帝都に帰れ。ゲートを使えばすぐだろ?」
こいつ……ゲートのことまで知ってんのか。
つか、戦場になるって……いったい何を───
「ま、俺の言うことは聞いておいた方がいい。カサンドラの扱いが……変わっちまうかもしれないからな」
「くッ……!」
「ちゃんと帰るまで見てるからな? じゃ、バティン……飛ばせ」
「はいですの」
「ま、待て!」
「じゃあな、ジェスター……フィオナを頼む」
「お前いったい何を───」
直後、俺の視界は暗転した。
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「はい……言われた通り、グシオンが潜んでいる内壁の近くに送っておきましたわ」
「ん、ありがとう。さて、とりあえずは……」
ひとまずこれでいい。
あいつらは優秀だ。もしかすると、本当に見つけてくれるかもしれない。
期待しすぎない程度には……期待させてもらおう。
多少余計な制約が出来ちまったが……まぁ、なんとかなるだろう。
あいつらに徹底しとかないとな……とはいえ、興奮状態になればどうなるか分からない。
あまり街の中心には行かせないように───
「アストさんっ!」
「ん?」
「この人、どうするんですか?」
「ああ……そうだったな」
「ひ……あっ……」
目が合うと、彼女は酷く怯えた目で俺を見ていた。
その目には涙がいっぱいに溜まり、身体が小刻みに震えるたびに、それが粒となって頬へと流れていく。
「……ずいぶん話と違うな。勝気な性格と聞いていたが……ああ、なるほど? 俺に対する罪の意識はあるらしい。で、実際どうなんだ? こうやって、殺した筈の相手が……目の前に現れるってのは」
「あ、あたしっ……あたしはっ……!」
「あんたが殺した訳じゃないって? まぁ、確かに───」
「違うっ!」
「……何が、違うんだ?」
「あ、あそこにいた……あたしもっ……! あなたに酷いことをした……だ、だからっ……何をされても仕方ないっ…………そう……お、思ってる……」
「…………そうか。そりゃ殊勝なこった。今……二十二時過ぎか。まだ時間はあるし、それならまぁ……一つ、試してみるか。バティン、離してやれ」
「あっ……」
バティンがパッと手を離すと、カサンドラはそのまま地面にへたり込み、恐る恐る顔を上げる。
再び目があったその赤い瞳は、涙でキラキラと輝いて見えた。
「安心しなよ。あんたを嬲ったりはしないし、するつもりもない。これからするのは……あんたの心を試す儀式みたいなもんだ」
俺は頭の中で、悪魔のリストを開いた。
「さて、あんたは……どうなるかな?」




