第70話:締結
……ここだ。
何か付け入る隙があるとすれば、ここしかない。
条件付きとはいえ、奴はカサンドラを見逃すと……そう言った。
一万年……保ち続けた殺意を捨てる。
要するに、それだけフィオナって子が大事なんだ。
何を捨てでも……殺意も、目的も、己の命すらも。
彼女の救出が最優先……そういうことだろう。
「まず一つ……頼みたいのはあくまで捜索だ。居場所が判明し次第、俺に合図を送ってくれ」
「合図?」
「ああ。実は、帝都に一人……協力者がいる」
「なッ……」
て、帝都に……こいつの協力者が!?
バカな……帝都への侵入は容易じゃない。
特に今は戦時中だ……警戒レベルは最大にまで引き上げられている。
あの結界術をバレずに突破するなんて……いや、絶対に不可能だ。
あれは……そんなやわな代物じゃない。
いったいどうやって入り込ん……いや、ひょっとして最初から住んでいた誰かを?
どうにかして潜り込んだとしても、こいつクラスの化け物が街に入れば、あの人らのうちの誰かが気づく。
どう懐柔したかは知らないが、おそらく外で……そうに違いない。
「そのうち、あんた宛に手紙が届くようにする。やり方はそいつと決めてくれ。それから、少なくとも週に一度、必ず進捗を報告しろ。当然、帝都を離れる際も報告だ。で、もし遠征先でフィオナを発見したら帝都へと戻り、協力者に合図を送る……いいな?」
「……分かった」
「それから、協力者を探ろうとすることも禁止だ」
ちッ……まぁ、そりゃそうか。
「ああ、分かってるよ」
「当然、虚偽の報告もなし……分かったな?」
「……了解だ」
抜け道を探すしかない。
ルールに抵触しない範囲で、こいつの裏をかく。
「じゃ、これが最後だ。適当にやられても困るんでな……三ヶ月やる。それでフィオナを見つけ出せ。もし出来なければ……ローザを殺す」
「うッ……!」
お、恐れていたことが……!
「そ、そんなの……あんまりでありますッ!」
「何があんまりなんだ? 今日失っていた筈の命がそれだけ伸びるんだ。それに、見つけられれば命は助かる……十分に優しいと思うぞ?」
「な、なんでローザちゃんなんだ! 俺にすりゃあいいだろうが……!」
「消去法だよ。俺はあんたを見込んで契約をしている。そして、ターニャの鼻は捜索に欠かせない。だったら、ローザになるのは当然じゃないか」
「だからって───」
「構いません。ジェスターさん、受けてください」
「ロ、ローザちゃん……でもッ……!」
「見つけ出せばいいだけですよ。今死ぬよりはずっといい……それに、罪のない民間人の命も守れますし、カサンドラさんも助かるんです。そして、非道な目にあった……いや、きっと今も苦しんでいるその子を救える……言うことなしじゃないですか」
「ローザちゃん……」
「フッ……バエル、俺からは以上だ」
「うむ。では、ジェスター側はどうか?」
……やるしかねぇ。
ローザちゃんと、カサンドラの為にも。
そして、ローザちゃんの言う通り、助けられるなら……そうしてあげるべきだ。
「…………問題ない。お前の幼馴染は、俺たちが見つけてやるよ」
「フッ……いいね。期待してるよ」
「……では、双方同意とみなす」
「ッ!?」
突然地面が赤い光を放ち、そこに六芒星の魔術陣のようなものが再び浮かび上がる。
「これはッ……!」
「我が名……" 法の遵守を求める者"の名において、今ここに……契約締結を宣言する」
「うぉぉッ!?」
赤い光が俺の身体に吸い込まれていく。
そして、それは奴も同じだった。
やがてそれが収まると、魔術陣が消え、辺りに暗闇が戻っていった。
「……これにて契約は為された。ゆめ忘れるな。法は常にそなたらを見ている。破りし者には……死、あるのみ。では、さらばだ」
そう言い残し、バエルは地面に吸い込まれるように消えていった。
「……あっ?」
な、なんだ?
頭の中に文字が───
「見えたか?」
「これは……契約の内容か」
さっき決めたことが、頭の中で一枚の紙になって表示されていた。
これは確かに便利だが……。
「消えろと念じれば消えるぞ。で、出したい時はそう思えばいい。ちなみに、見えるのは主契約者であるお前だけだ。だが、当然ローザやターニャにも法は適用される。気をつけろよ」
「あ、ああ……分かってる」
あ、本当だ。
出たり消えたり……ん?
こ、これは───
「そうか……これが、お前の名か」
契約者の条項に、それはあった。
"軍人殺し"。
そう呼ばれた……復讐者の本当の名前が。
「……そうだ。じゃあ、改めて自己紹介といこうか。俺の名はアスト……アスト=グリモワールだ。よろしくな……ジェスター=エバンス」
そう言って、奴は手を差し出す。
少し躊躇った後、俺は奴の手を掴んだ。
それは間違いなく……人間の手だった。
「……一つ聞きたい。何故、俺を選んだ?」
手を離し、俺は奴にそう問いかけた。
奴は少し考えた後───
「まぁ、リリアナさんの仲間だからだろうな……一番は」
「リリアナさんの?」
「ああ。こんなことを俺が言うのはおかしいだろうし、頭にもくるだろうが……俺は彼女を尊敬している」
「……意外だな。だが、理解は出来る」
「フッ……あの時は、俺の考えがまだまとまっていなくてな。だから、ただ降り注ぐ火の粉を払いのけるだけになっちまったが、あの人と話す中で……少し考えが変わってね」
あの人らしいな。
良くも悪くも、人を惹きつけ、変えちまう。
なぁ、リリアナさん……あんた本当に……死んじまったのかよ?
「いずれまた、特務課が現れるとは思っていた。まぁ、こんなに早いとは思わなかったが……とにかく、次に来た特務課がまともに考えられる奴だったら、ちょいと協力をお願いしようと思っていたのさ。俺もフィオナを探してはいるが……取っ掛かりすら掴めていなくてね。正直、どうしたもんかと考えていたんだ」




