第68話:信用と遵守
「あら……身体は小さいですけれど、結構筋肉質ですのねぇ」
「なッ……!」
再び前を向くと、カサンドラがバティンと呼ばれる悪魔に抱きしめるようにして拘束されていた。
彼女は笑みを浮かべながら、そのままカサンドラの身体を弄り始める。
「あ……ああ……ひっ……!」
「んふっ! わたくしと同じ褐色の肌……あなた、気に入りましたわ。赤髪のポニーテールもよぉく似合っておりますし……おや? 身体つきの割に……お胸は立派ですの」
「ひっ……ひあっ……いやぁ……!」
「あらあら泣いちゃって……かわいいですの」
「な、なんの真似だッ!」
「まぁ、保険みたいなもんかな。というか、そもそもこいつは俺の仇なんだから、こうなるのは当たり前だろ? ちなみにこれで……百三十九人目だ」
「お前ッ……!」
「まぁ、落ち着けよジェスター。手荒な真似をするつもりはない……今はな。さて、それじゃあ状況も整ったことだし、そろそろ交渉を始めようか」
クソッ……全部手のひらの上か。
だが、どちらにせよ……今は従うしかない。
「まぁ、協力者になれと言っても、別に誰かを殺せとか、俺が探してる兵士のリストをよこせとか、そんな無茶なことを言うつもりはないよ」
……違うのか。
てっきり、それを言われるのだとばかり思っていたが───
「俺からあんたらに頼みたいことはただ一つ……連れ去られた俺の幼馴染……フィオナを探し出して欲しい。それだけだ」
「ッ! ……なるほどな」
やけに詳しく話すとは思っていたが……そういうことか。
確かにそれを俺たちに頼むなら、話す以外に選択肢はない。
しかし、どう答えるべきか……正直に言えば、この件だけはこいつに同情しちまってる。
こいつがこうなったきっかけを作ったのは、何をどう取り繕うがアレクサンドリアであることは間違いない。
こいつは……ただ平穏に暮らしていただけだ。
それが、婚約した日にそんな惨い目に……いやしかし、殺された兵士たちは───
「…………答える前に、さっきお前が言っていたメリットとやらを聞かせてくれないか?」
まずはそれを聞いてから考えよう。
話はそれからだ。
「もちろん……あ、そうだ。これを先に言っておかなきゃならないな……俺の最終目標は、アレクサンドリアをこの世から抹消することだ」
「なッ……ま、抹消って……」
「そりゃ文字通り、この世から跡形もなく消すって意味だよ。アレクサンドリアという存在全てを……その名前すら残らないようにな」
こ、こいつ……やっぱり正気じゃない。
確かにこいつは強い……強いが……うちには魔法使いが十三人もいるんだぞ?
ソードさんを含め、全員がイカれた化け物揃い……それに加えて、魔法使いとは呼ばれなくとも、それに近い人らだって複数人いる。
兵士や兵器だって山のように……それをこいつは、全て一人で相手するつもりなのか?
「分かってないみたいだが……死ぬのは兵士だけじゃないぞ? この大陸に存在する、アレクサンドリアに関するもの全てを殲滅するつもりだから……当然、民間人も巻き添いになるだろうな」
「ッ! お前……!」
「あ、俺の両親はもう殺されちまったが、あんたらにはまだ家族がいるんじゃないのか? もしいるんだったら、今のうちに国外へ避難させておいた方がいいぞ? 全員……死んじまうかもしれないからな」
こ、こいつ民間人をッ……家族を人質に───
「だが、もしフィオナを探し出してくれたのなら……これから先、俺は民間人を殺さないことを誓おう」
「なッ!?」
「さすがに復讐はやめられないが……なんの罪も犯しておらず、不当かつ理不尽に監禁されている女の子を救い出すだけで、アレクサンドリアの民間人と、あんたらの家族を守れるんだ……いい条件だと思うが?」
「それはッ……」
ふ、ふざけやがって……そんなもんてめぇの匙加減一つじゃねぇか!
最初からそんな気があったかどうかなんざ、こっちに分かる訳が───
「なんなら、ついでにカサンドラの命をつけてやってもいい」
「えっ……」
「な、なんだと……!」
「本来なら、まぁまぁ苦しんだ後に首だけを残し、残りは悪魔の食い物になるところなんだが……」
「あ……ひぃ……」
「……まぁ、フィオナを見つけてくれたら許そうじゃないか。これで民間人も死なないし、家族も守れて、カサンドラも生きられる……どうだ? これ以上ない条件だろ?」
こいつ……どこまで本気なんだ?
分からねぇ……いや、だがッ……!
「……悪いが、お前を信用出来ねぇ。そもそも、仮に見つけ出すことが出来たとして、その後もお前が約束を守るとは───」
「なら、悪魔の力を使おう」
「……えっ?」
あ、悪魔の力だと?
いったい……何をするつもりだ?
「代償を捧げる」
そう唱えながら、奴は右手の薬指を立て、前へと出した。
そして───
「来な……"法の遵守を求める者"」
「ッ!?」
あの時の左腕のように、薬指が突然ぐるりと一回転し、同時に骨が砕ける音が鳴り響いた。
その根本から途端に血が流れ出すが、そんなことなどお構いなしに指はさらに回転し続け、皮膚が剥がれ、肉がミチミチと聞いたことのない嫌な音を奏で始める。
そうして指が引きちぎれた瞬間、その爪先に黒い渦のような何かが現れ、薬指はそこへと吸い込まれていった。
「なッ!?」
直後、俺と奴との間のに赤い魔術陣のようなものが現れると、そこから赤い髪が見え───
「こ、これが……悪魔の……召喚……!」
出てきたそいつは、赤と黒を基調としたローブのようなものを身に纏った男だった。
歳は五十代くらいだろうか。
男は二メートル程はある巨体の持ち主で、肩幅が異様に広く、その深く刻まれた眉間の皺と、もみあげから繋がる立派な赤い髭に、唇から覗く牙のように尖った犬歯も相まって、なんとも言えない凄まじい威圧感を放っていた。
「久しぶりだな……バエル」
「で、あるな……契約者よ。では、法を定めようか」




