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第65話:受け止め方

 

 ──────────────────



「ひ……あ……ああ……ああああッ……!」


 アストの顔を見た瞬間、カサンドラは頭を抱えながら身体を震わせる。

 膝はガクガクと小刻みに揺れ、大きく見開いたその目からは、大粒の涙がとめどなく溢れ出していた。


「カ、カサンドラッ! おいッ! カサンドラッ!! しっかりしろッ!!」


 ジェスターはカサンドラの肩を掴み、彼女の身体を揺さぶりつつ声をかけるが、彼女は一切反応せず、荒い呼吸を繰り返しながら、かつて己がナイフを突き立てた男の顔を、ただじっと見つめ続けていた。


「怯えちまってまぁ……か(・)わ(・)い(・)そ(・)う(・)に(・)。だが、これ以上ない証明ではあるな」


 その様子を見て、アストは微かに笑みを浮かべながらそう言った。


 ジェスターは彼に背を向けたままため息をつくと、ローザに視線を送り、震えるカサンドラを彼女に任せて振り返った。


「…………ああ……どうやら……そうらしいな」


 ジェスターは認めざるを得なかった。

 カサンドラの取り乱し様を見てもそれは明らかであったが、それに加え、純粋に自分自身の感覚として、アストが語ったことは真実であると、そう感じていたからである。


 それは、"バルバロスならやりかねない"という意味ではなく、これまでアストが行ってきたことと、話した内容との整合性、そして何よりも、彼の語る言葉の節々に、真実でなければ伝わらない"熱"を感じたからに他ならない。


「お前が肉体の一部を切り取っていたのは、要するに意趣返しだったってことか……」


「ああ。俺は誰に何をやられたか、全部覚えているからな。まぁ、俺が覚えているのは顔と、そいつに何をされたかということだけで、名前はほとんど知らない。その代わり、顔は一目見ればすぐに分かる。特にそいつは……まぁ、少し印象的だったからな……よく覚えてるよ」


 "特に"の後に"少し"と、アストが言葉を濁したのは、あの中で彼女だけが唯一、まだ人の心を保っていると、そう感じたからである。


 ほぼ全員がバルバロスとその環境に毒され、楽しそうに自分を傷つけていく中、カサンドラだけは怯えた目で、その震える手で、無(・)理(・)や(・)り(・)作(・)っ(・)た(・)歪(・)な(・)笑(・)み(・)で(・)、彼の右の頬にナイフを当てた。


 当然、だからどうだという話ではない。

 あの場にいた者は、彼にとって皆等しく復讐の対象であり、そこに変わりなどなかった。


 なかったのだが、彼なりに思うところはあると、そういうことである。


「この大陸に渡り、最初の一人を偶然見つけた後は、そいつを拷問して同じ部隊にいた奴らの居場所を吐かせ、後はその繰り返しだったんだが……さすがに線が細くてね」


「なるほど……それでリリアナさんからリストを……」


「そうなるように、仕向けさせてもらった……悪いな」


 ジェスターは"仕方がない"とも、"ふざけるな"とも、何も返せなかった。


 ただ普通に生きていた彼の人生を奪ったのは、間違いなくアレクサンドリアであり、その一端に自分がいることは否定しようがない。


 さらに、すぐ後ろでローザに抱かれながら"ごめんなさい"と繰り返し唱え続けている彼女は、まさしくその当事者であり、今現在の上司は己自身である。


 その壮絶な、あまりにも惨す(・)ぎ(・)る(・)話を聞いた後で、どうして彼だ(・)け(・)を責められようかと、ジェスターは俯くことしか出来なかった。

 とはいえ、当然彼の中にも疑問が残る。


「いくつか……聞いてもいいか?」


「ああ」


「お前は……何故生きていたんだ? それだけのことをされて……普通なら間違いなく死んでいる筈だ。いや、話は真実だと思っているが……」


「んー……まぁ、いいか。どちらにせよ、そこまで話さないと辻褄が合わなくなるしな……ルシファー、バティン」


 スッと、アストの背後の暗闇から二人が現れ、そのまま彼の左右に分かれて立った。

 それに対し、思わずジェスターが身構えると───


「警戒しなくてもいいですわよぉ……手を出すなと言われておりますし、そもそもわたくしたちがその気なら……あなた方はもうとっくに死んでますの。そうでなくて?」


「……ああ」


 警戒を解き、ジェスターはちらりと後ろを見る。

 カサンドラは地面に座り込み、それを抱きしめるローザの胸に顔を埋めながら、まだずっと謝罪の言葉を繰り返し唱え続けていた。


 一方で、ターニャはその隣に立ったまま、なんとも言えない複雑な表情を浮かべながら、アストのことをじっと見つめ、ジェスターの視線に気づいたローザは、彼に無言で頷いてみせた。

 彼はそれに頷き返すと、再び前を向く。


「……続きを頼む」


「ああ……で、俺がまだ生きている理由だが、この右にいるルシファー……彼女が俺を救ってくれた。だが、事はそう単純なものじゃなくてな。要するに、もとを正せばバルバロスが俺に対して行ったこと……それ自体によって、結果的に俺は死ななかった……ということになる」


「……ん? い、いまいちよく意味が……やられたから死ななかった? どういうことだ?」」


「順を追って説明しよう。"悪魔"……という言葉を、あんたは聞いたことがあるか?」


「あくま? ……いや、ないな」


「だろうな……悪魔とは、この世界とは違う異世界……魔界と呼ばれる場所に存在する、人を超越した力を持つ化け物たちの総称だ。まぁ、異世界に存在する人種の一つ、とでも思ってくれ。そして、バルバロスの目的は、この悪魔たちの力を手に入れることだったんだよ」


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