第62話:続・二つの回想
「想像してみろよ……なんの力もないただのガキが、恋人の首に剣を突きつけられた状態で、千人の兵士に囲まれて、今からそいつら全員にいたぶられるんだぜ? しかも、バルバロスはもちろん、全員が嬉しそうに笑ってやがるんだ。もう……絶望しかないよ」
男は裸に剥かれ、ただ立ち続けるよう命じられた。
女は縛られ、バルバロス閣下の座る椅子の隣に跪き、泣きながら恋人の名前を何度も呼んでいた。
「圧倒的な無力感だった……もう何もかも考えず、地面に這いつくばって、ただ泣き叫びながら、ごめんなさい、許してください、助けてください、どうかお願いします……って、そうしたくてたまらなかった。でも、幼馴染の命が懸かってる。だから、俺は必死に耐えたよ……全部飲み込んで、あいつの為に耐えることを選んだんだ」
男はまず、足を剣で刺された。
途端に男が"痛い痛い"と、泣き叫び始めた。
「まぁ、命乞いをしても無意味なのは、足元に転がる父さんと母さんの首を見れば明らかだったしな。村人も、俺たち二人以外全員殺されたよ。中にはまだ幼い子供もいたんだぜ? しかも、その子の前で父親を殺し、母親を嬲った。それで、その子が泣いてうるさいから首を刎ねたと……バルバロスは嬉しそうに語っていたよ」
やり過ぎればそこで終わってしまうので、もちろんそんなに深く刺している訳ではないのだが、初めての経験だったんだろう。
男は涙と鼻水を垂らしながら、ずっと呻き声をあげ続けていた。
「そうして、遂にそれが始まった。まず最初に、足を剣で刺された……痛かったよ。刺されたのは当然初めてだったし、そもそも鉄の塊が、皮膚を切り裂いて、肉を抉るようにして入ってくるんだ。痛いに決まってるよな。別に声を我慢する必要はなかったんだが……まぁ、少しでも幼馴染が心配しないようにって……そうしてたのかもしれないな。で、変に我慢したもんだから、自分でも聞いたことのないような声が出たのを覚えてる。で、それと同時に、もうダメなんだなって……そう思った。俺はここで死ぬんだなって……そこではっきり分かったね」
後にバルバロス閣下が話されていたが、足を最初に傷つけることで、物理的にも、精神的にも、もう逃げられないということを分からせる為にそうしているらしい。
だから、毎回最初の人間は、必ず足を傷つけると決まっていた。
「そこからはまぁ……地獄だったよ。足をある程度傷つけたら、今度は上半身だ。あ、その前に裸にされてさ……屈辱的だったよ。幼馴染の前でってのもあったが、もうおもちゃみたいな扱いをされるんだ。ニヤニヤしながら、服を剥がされてさ……俺の裸を全員がじろじろと見るんだ。中には女の兵士もちょこちょこいるんだが、そいつらもバカにしたように笑ってるんだよ。でも、逆らえないから何も出来ない。情けなくて悔しくて痛くて……本当に気が狂いそうだった」
裸にするのは、傷の程度を確認し、死なないように調整する為という理由もあったが、一番は相手の尊厳を踏みにじる為だと、これも後にバルバロス閣下が話されていたのを覚えている。
自由も、人としての尊厳も、生きる気力も、愛する者も、何もかもを奪い去り、屈辱と恥辱と憎悪と絶望の果て……その先にこそ、自分の求めているものがあるんだと、あの方は語っていた。
「悔しくて悔しくてさ……ああ、最初の方に殺した女の兵士がいたろ? 名前はユリカだったかな? そいつが笑ってたのを覚えてたから……同じことをしてやったよ。裸にして、縛って吊るして、ただ笑ってやった。何時間もな。手首が痛いって、めちゃくちゃ泣いてたなあいつ……すみませんでした、もう許してくださいってなぁ……謝って被害者ぶってんのがムカついて、どこの穴とは言わないが……焼けた鉄の棒を入れてやったよ。そしたら、小便漏らしながら泣き喚いてたなぁ……まぁ、俺もやられてる時は漏らしたんだけどな。なんなら糞も出たよ。もう痛みと恐怖で訳が分からなくなるんだ。だから……おあいこさ」
男は少しずつ、身体を削られていった。
爪、皮膚、肉、を少しずつ削いでいく。
死なないように、細心の注意を払って。
"立たせたまま、千回の苦痛を与えろ"。
全て、バルバロス閣下のご指示だった。
「話が逸れたな……で、上半身にいくと、まず指だな。爪を一枚一枚丁寧に剥がされたよ。これで十回分。で、今度は剥がした爪の下にあった肉に、針を指すんだ。回数を稼ぐ為だったのかもしれないが、一つの指に最低三本……針を刺されたよ。もちろん痛いなんてもんじゃないんだが、だんだん麻痺してくるんだな。最後の方は慣れちまって、よく分からなかった」
結局、最初の男は百回も持たず、腕の皮を剥いでいる時に崩れ落ち、地面を転げながら泣き喚いて終わった。
バルバロス閣下はため息をつくと、すぐさま男を拘束し、そいつの恋人を……何時間もいたぶった。
二人とも、喉が張り裂けるんじゃないかってくらいに泣き喚いていたが、次第にそれが無駄だと分かり、だんだんと静かになっていった。
「で、すぐに次だ。手首をギュッと縛られてな。ああ、拘束のためじゃない……止血だ。失血死しない為の処置だよ。そうして血を止めると、今度は目の前に台が置かれて、その上で手首を固定された。で、ノミとハンマーを持った奴が、これまたニヤニヤしながら来るんだよ。ほんと、今思い出しても……イラつくぜ」
そして、ありとあらゆることをされ、もう放心状態の女を男の目の前まで連れて行き、ゆっくりと……その胸にナイフを押し込んでいった。
やがて、血のあぶくを吐きながら女が絶命すると、今度は男の背中から心臓に向け、やはりゆっくりと……剣を突き刺していった。
それで、一人目は終わり。
今度は秘密裏に海を渡り、右のアルテミス大陸中央付近にあった小さな村で同じことをした。
二人目は一人目よりは耐えたが、結局これも失敗。
他の村人と同じように嬲られ、"呪ってやる"と絶叫しながら……そいつは死んでいった。
そして、三人目。
今度はずっと西にある小さな島国……パンドラへと渡ったんだ。




