第61話:二つの回想
ジェスターには、その声がどこか安堵しているような、何故かそんな風に聞こえ、初めて彼から人間らしさというものを感じる。
そして同時に、それがまるで助けを求めているようにも聞こえ、少なからず困惑した。
「お前は───」
「教えてやるよ。それを聞いたうえで、もう一度あんたらには答えてもらう。はたして、俺に正義があるのかどうかを。まぁ、答えはもう……分かりきってるけどな」
そうして、アストはゆっくりと語り始めた。
あの、悍ましい夜のことを。
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嫌な予感は、最初からあった。
「俺はパンドラという島国にある、山奥の村で暮らしていた」
なんというか、昔の失敗を急に思い出して、少し憂鬱になるような……そんな感覚が。
「平和な村でな。いいところだったよ。俺はそこでの生活が好きだった。自然と共に生きる、あの穏やかな日々が。幸せだった……あの日が、来るまでは」
それが確信に変わったのは、被害者のリストの中に、見知った顔を見つけた時だった。
それがだんだんと増えていくにつれ、心の中にあった恐怖心も、同じように大きくなっていった。
「この世界での今から約一年前……その日、俺は好きだった幼馴染と両想いだったってことが分かってな。とんとん拍子に結婚まですることになった。あんなに悩んでいたのにな……正直、めちゃくちゃ戸惑ったよ。だって、告白して振られたらどうしようとか、話せなくなったら嫌だなとか、十年以上そんなことばっかり考えてたのに、それがいきなり……結婚だったからな」
それは、同じ小隊にいた奴だった。
新人ばっかり集められ、急遽設立されたよく分からない大隊の中にある小隊で、顔合わせの日にそいつが隣の奴とふざけあっていたのを今でも覚えてる。
「まぁでも……嬉しかったな。抱き合って、初めてキスもした……人生最高の日だと、その時はそう思っていたよ。いや、間違いなくそうだったんだ。事が起きたのは……日が変わってからだった」
ガキみたいにふざけあってる奴らに呆れていたら、前の方からどよめきが起こり、なんだろうと思っていると……あのお方が、いきなり壇上に現れたんだ。
「山奥の小さな村に、何故か一千人規模の軍隊が襲撃してきたんだ。なんの前触れもなく、いきなりな。俺は父さんに起こされて、母さんや幼馴染と一緒に、家の裏口から逃げようとした。当時は魔術なんか当然使えないし、剣すら握ったことがなかったからな……怖かったよ。本当に怖かった。家の外からは悲鳴やら爆発音やらがずっと聞こえていて、恐怖でどうにかなりそうだった。でも、幼馴染の震える姿を見て、なんとか自分を奮い立たせてさ……そいつを抱きしめながら、父さんの後を追って裏口から出ようとしたんだ」
あのお方……バルバロス閣下は、今から重要な任務を遂行する為に、この部隊を招集したと、そう言った。
そして、それが上意であるとも。
「裏口の扉を開けた瞬間、父さんが刺された。いや、理解するのに時間がかかったよ。いきなり目の前にあった背中から、剣が生えたみたいでな……正直、意味が分からなかった。当たり前だよな。起こされてすぐにそれだ……頭が追いつく訳がない」
つまりそれは、国王陛下からの勅命ということだった。
当然、拒否する者などいる筈もなく、バルバロス閣下の手勢を含めた一千人の大隊は帝都を出発し、まずはこの大陸の最北端にある小さな村へと辿り着いた。
「で、刺されたままの父さんが外へ飛び出して、周りにいた奴らに飛びかかるのを見た時に、やっと身体が動いたんだ。俺は幼馴染を抱えて、奴らの包囲を抜け出そうとしたんだが、数が多くてな……そしたら、母さんが一人に飛びかかってさ。身体を張って道を開けてくれたんだ」
そして、殺戮が始まった。
言われるがままに殺した。
だって……命令だったから。
そうしないと自分が殺されるかもしれないって、その時は本当にそう思ったから。
「俺は……父さんと母さんを見捨てて、幼馴染を連れて逃げたんだ。そりゃ怒りもあったし、悲しくもあった。けど、それよりも……ただただ怖かったんだ。ああ、俺の命がどうとかじゃない。俺の目の前で、幼馴染が……そうなることが、死ぬよりも怖かったんだ」
結局、何十人かいた村人は、若い男女を二人残して、他はみんな死体になった。
「でも、駄目だった。先回りされてたんだ。そこで俺は……初めて奴と会った。お前たちアレクサンドリア軍のトップに立つ……あの男にな」
残された若い男女は恋人同士だった。
今でもよく覚えている。抱き合ってこちらを見る……あの怯えた二人の顔を。
そうしたら、バルバロス閣下は女を人質に、男に"ゲーム"をしようと、そう言った。
「結局、俺たちはあっけなく捕まり、殴られて気絶していた俺は、村の中心にあった広場で目を覚ました。周りは既にたくさんの兵士たちに取り囲まれていて、抵抗はもちろん、逃げ出すことも出来ない状況だった。フッ……よく妄想するんだよ。あの時の俺に、今の力があったらって。余裕で皆殺しに出来ただろうにな……まぁ、必要なもんは、本当に必要な時には手元にないってことさ。で、バルバロスは俺たちにこう言った。"なんで君らを生かしたかというと……ちょっと、ゲームでもしようかと思ってね"、と」
今から千人が一回ずつ、君を攻撃する。
耐えられたら君の勝ち。女は逃がそう。
でも、途中で倒れたら……二人とも殺す。
それが、ゲームの内容だった。
「"今からここにいる兵士全員が、一回ずつ君を攻撃する。で、最後まで立っていられたら君の勝ち"……それが、奴の言ったゲームの説明だ。周りには、一千人の兵士がいる。つまり、そういうことだな。幼馴染を人質にとられてたからな……俺は受けるしかなかった。けど、もうほんとに怖くて怖くてなぁ……」
二人は泣き叫び、バルバロス閣下に懇願した。
助けてください。
許してください。
私たちが何をしたんですか。
なんでこんなことをするんですか。
やめてくださいお願いします……と。
でも、それは行われた。




