第60話:暗闇の問答
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「───はっ!?」
空間を転移した際の感覚が消え、両足が地面についた瞬間、ジェスターはすぐさま周りを見回した。
薄暗くてはっきりとは見えなかったが、そこはさっきまでいた場所とは全く別の建物の中であった。
「……全員無事か」
振り返ると、すぐ後ろには三人が立っており、彼女たちもまた、警戒しつつ辺りを見回していた。
「バラけさせもしない……理由はなんだ?」
彼がそう呟きながら天井を見上げると、いくつかの青白く弱い灯りがついているのが見え、その距離からかなりの高さがある建物だということが分かる。
また、壁にも同様の灯りが所々に設置されており、薄暗くはあるものの、なんとなく建物の輪郭が把握出来るくらいには見えていた。
そこから察するに、長方形の箱のような、かなり大型の倉庫か工場の跡地だと、ジェスターはそう推測した。
「ここは……かなり大きいようですが……」
「あ、あたしら……強制転移させられたんすよね?」
「ゲホッ……そうみたいで……ありますな……」
「……全員背中を合わせ、警戒しろ」
弱い灯りは建物内全てを照らすことはなく、彼ら四人の周りを、何も見えない暗闇が囲うように存在していた。
故に彼らは、その大きな空間の中央で一塊となり、互いの背中を預けるようにして構えをとった。
と、その時───
「よう」
「「「「ッ!」」」」
突如暗闇から男の声が聞こえ、四人は瞬時に魔力を身に纏った。
「……軍人殺しか?」
「ああ、そうだ」
短い問答。
しかし、ただのそれだけで、空気は遥かに重さを増し、静寂が止まぬ耳鳴りを彼らに与える。
自身の吐息すらうるさく感じ、今までに経験したことのないその異常な感覚に、ジェスターは長く息を吸い、そして深く深く息を吐いた。
「要件は……なんだ?」
向こうがその気なら、自分たちは既に死んでいる。
それ故の質問であった。
「特務課のジェスター、ローザ、カサンドラ、そしてターニャ……で、あってるか?」
「……悪趣味だな。人のプライベートに干渉するなと、そう親に習わなかったか?」
「フッ……習ったかもしれないが、もう遠い過去の話でな。実際、あまり覚えていないんだ」
「遠い過去ね……二十代前半くらいだと聞いてるぜ?」
会話する中で若干落ち着きを取り戻したジェスターは、話しながら視線だけを動かして周囲を見回す。
暗闇から聞こえてくる声は反響し、正確な方向が掴めない。
ならばと、彼は話を引き延ばすことで、周囲の地形把握に専念することにした。
いざという時、すぐに行動出来るように。
「見た目はな。まぁ、肉体だけの話をするなら、俺はまだ十九だよ」
「ハッ……嘘をつくならもう少しマシな嘘をつけよ。そんなガキが、あれ程の魔力を纏える筈がねぇだろうが」
「ふふっ……はははっ……!」
突如笑い出した彼の声に、ジェスターは眉を顰めた。
「何か……おかしいことでも言ったかな?」
「いや、少し前に同じセリフを言った人がいてな。つい笑っちまった」
「…………リリアナさんか」
「ああ……そうだ」
そこで二人の間に、長い沈黙が生まれた。
空気はさらに重さを増し、ジェスターは背中にまとわりつく肌着の感触にすら若干の苛立ちを覚える。
と、その時───
「リリアナ様はどこでありますかッ……!」
静寂を破ったのは、ターニャであった。
「ん? ああ、お前は気を失ってたから知らないのか。どこも何も、目の前で爆発したからな……普通に考えれば、死んでいるんじゃないか?」
「そんな……リリアナ様ッ……!」
「むしろ、お前はよく生きてたな……あの爆発で死んだと思っていたよ」
「私のことなんかどうでも……じゃ、じゃあライリーさんはッ!?」
「ああ、それは殺した」
「ッ!」
「お前ッ……!」
「仕方ないだろう……お前たちだって、今までそうしてきたんじゃないのか? 国の為だと、任務だからとそう言って、無数の屍を積み上げてきただろう? 今、お前たちはその上に立っている筈だ。違うか?」
「それはッ……」
「なぁ、ターニャ……あの夜も、お前たちは俺を殺しに来たんだろう? だから、かかってくるなら仕方がないと、お前たちがそうであるように、俺もそうしたに過ぎない。要するに、お前たちにはお前たちの、そして俺には俺の正義があった。ただ……それだけの話だ」
「正義……だと? 兵士を攫い、拷問し、そして殺す……俺たちからすれば、お前はただのいかれた大量殺人犯だ。たとえその理由が……なんであろうがな」
そこで再び、長い沈黙が生まれる。
空気はさらに重く、どこまでも張り詰めていき、四人の脈打つ鼓動もまた、どんどんとその速さを増していった。
「フーッ……フーッ……」
いつ殺されてもおかしくない状況の中で、普段は憎たらしいくらいに豪胆なカサンドラですらが、額に大量の汗を滲ませ、微かに膝を震わせながら、なんとか立っているようにジェスターからは見えていた。
また、ターニャの様子も不安定で、それは呪術のダメージも含め、リリアナたちのことによる精神的なショックのせいもあるだろうと彼は分析していた。
「ローザちゃん」
自分以外で唯一、まともに動けそうなのがローザのみであると判断したジェスターは、いざという時の覚悟を決め、彼女にハンドサインでそれを伝える。
「……ッ」
ローザは微かな動揺の後、彼にこくりと頷いてみせる。
今、絶対に避けなければならないのは、四人全員がこの場で命を落とすことであり、そして最低限の仕事とは、誰か一人でも生き残り、集めた情報をオーガスへと伝えることであった。
そうして、二人がそれを確認したその時───
「……分かった。どちらにせよ、話すつもりだったからな。何故俺が……こうなっちまったのかを」
暗闇の中から、彼は呟くようにそう言った。




