第59話:まとめて
「ぐッ……呪術まで使えんのかよ……!」
呪術。
魔術の亜種であり、対象にさまざまな弱体効果や、状態異常を付与する術である。
例えば、対象に毒を与え、麻痺させることで動きを遅くしたり、対象が傷を負っていれば、出血を助長させることで回復を遅らせたりと、相手に何かしらの状態異常を付与することで、行動を縛るというのがそれに分類される。
かつてリリアナがアストに使用した"魔力を練られなくする"というものも呪術の一種であるが、あれは魔術と呪術を掛け合わせた複合技であり、非常に習得難易度が高い。
「くそ……塞いだのにッ……気持ちわりぃ……!」
「あ、頭がくらくらするっす……」
「うっ……ゲボッ……はぁッはぁッ……」
「ターニャさんっ! だ、大丈夫ですか?」
「すみませっ……ゲホッ……は、反応が遅れて……」
今回アストが使用したものは、防ぎにくい音そのものに魔力を乗せ、鼓膜から三半規管、そして脳と、全てを激しく振動させることで昏睡状態にするという呪術であった。
仮に耳を塞いでも、振動は身体を突き抜けて効果を与える為、完全に防ぐには魔力による防御が必要となる。
故に、塞ぐのが遅れたターニャはもちろん、他の三人も、決して少なくはないダメージを受けていた。
「よ、よく気づいたっすね……この距離じゃ、何話してるかなんてよく聞こえないのに……」
「たまたまだ……耳を塞ぐ動作があったからなんとか気づけただけで、そうじゃなかったらやられてたかもしれねぇ。そんなことより、音を呪術に使う奴なんて初めて見たぞ……なんでもありかよあの野郎は……!」
音に限らず、物質以外を媒介とする呪術は極めて難易度が高く、一般的な才覚であれば、生涯をそれに費やしてやっとものになるかどうか、というレベルであり、実際にアストは百年という歳月使いこれを極めている。
一万年という途方もない時を生きた故のその力。
だが、そんなことなど知る由もないジェスターからすれば、普通の人間ならばあり得ない力を持つ彼のことが、全く理解出来なかったのである。
「クソッ……どう考えてもやばすぎる。あの異常な魔力量もそうだが、腕を生贄に召喚したあの女はなんなんだ? あれだけの人数を一瞬で転移させるなんて、あんなもんはもうほとんど魔法の領域だぞ……なんかよく分からんうちに腕も再生してるし、結界術も呪術も平然と使いやがる……マジで訳が分からねぇ……!」
"底がまるで見えない"。
ジェスターが抱いた率直な感想がそれであった。
彼は自身より強い者との戦いなど、それこそ幾度となく経験してきている。
とはいえ、所詮それらは同じ地平に立つ人間に過ぎず、決して手の届かない相手などではなかった。
事実、彼はこうして今も生きており、それは即ち格上との戦いを知恵と技で制してきたからに他ならない。
だが、今目の前にいる化け物は、そんな今までを嘲笑うかのように存在し、次元の違いというものをまざまざと彼に見せつけていた。
「くッ……」
"しくじった"と、彼はそう思った。
少しでも情報を得る為にと、また安全に退避するタイミングを計っていたからだと、聞こえのいい言い訳はいくつも浮かぶ。
だが、結局のところ自分もまた、今地面に伏せている兵士たちと同じく、ただ動くことが出来なかっただけだろうと、彼は悔しげに拳を握りしめた。
要するに、まるで何をしても無駄かのように、そして何もかもを見通しているかの如く、一部の隙もない"軍人殺し"が醸し出すその雰囲気に、彼は完全に気押されてしまっていたのである。
「二人とも平気か?」
そんなジェスターの視線の先では、アストが二人を気遣うように声を掛けていた。
「うー……ちょ、ちょっと頭が揺れてますけど……大丈夫そうです」
「わたくしもなんとか……しっかし、やっぱりあなた様は恐ろしいお方ですの」
「ハッ……俺からすれば、お前の方がよっぽど恐ろしいよ。んじゃ、俺たちも一度帰るとするか。後始末もしなきゃならないし……ルシファー、シャナリーゼを回収しておいてくれ」
「はぁい」
ルシファーが手をかざすと、倒れたままのシャナリーゼがフッと消える。
「これでよし、と……何に使うんですか?」
「そいつはジャバーの側近だし、いろいろと知ってるだろうからな。当然情報を抜き出す為に使うんだが……他にもいろいろと使い道がある。思わぬ収穫だったが、なんにせよラッキーだった」
「なるほど……あ、他の兵士さんたちはどうします?」
「ほっとけ。どうせ三日は起きない」
「あら……でも、それはこの方々にとって……幸運だったかもしれませんわねぇ」
ニヤリと笑うバティンに、ルシファーもまた微かに笑みを浮かべながら頷いた。
「そうですね。ここにいる限り、少なくとも彼らは……死ぬことがないのですから」
「そういうことだ。じゃ、バティン頼む……まとめてな」
ちらりと、アストの視線が一瞬遠くを見たのを、バティンは見逃さなかった。
「あら、よろしいんですの?」
「まだ時間はある。それまでには済ませるさ」
「んふっ! 本当に……恐ろしいお方ですの。では、もうよろしくて?」
「ああ……やれ」
「それでは参りましょうか……あなた方もねぇ!」
狂気に彩られた笑顔を浮かべ、バティンが伸ばしたその手の先には───
「ッ!? バレて……!」
そうして、三人と四人は、その場から姿を消した。




