第58話:感覚
「じゃあ次は、こいつらをそれぞれ各地区の支部に送ってほしいんだが……やれるか?」
「ええ。陛下を通して見てましたから。距離も近いですし、転移先のイメージさえあれば問題ありませんわ」
彼女の能力の優れているところは、転移の速さ、正確さはもとより、連続使用にほぼ制限もなく、先程のように大質量の転移さえ軽々とこなすなど、枚挙にいとまがない。
また、一度行ったことのある場所であれば、やや正確さは落ちるものの、長距離の転移も可能である。
「さすがだな……空間転移に関しては、ルシファーが自分より上だと言うだけはある」
「彼女はとんでもなく優秀ですから。アストさんは空間転移を使わないから分からないと思いますけど、あれってすっごく頭を使うというか、実行までにいくつもの手順があるんですよ」
「あー……なんか前に聞いたような……」
「まぁ、すっごく簡単に説明すると、転移先をイメージして、魔力でそこまでの道を作ってから、別次元の空間を開けて、中を通って転移先に移動……みたいな感じなんですけど、それを頭の中で瞬時に処理しなきゃいけないんですね。で、バティンの凄いところは、それを全部感覚だけで完璧にこなしてしまうってことなんですよ」
「感覚だけで……なるほど? バティンは手順を省略出来るのか」
「はい。考えずに全て感覚だけでやれてしまうので、とにかく転移が速いんです。それでいて正確に、寸分の狂いなく移動出来ますから、魔界では最速の悪魔として有名でしたよ」
「おっほっほっ! 褒められるのって気持ちいいですわぁ……特に陛下のそれは格別っ……たまんねぇですわー!」
「こんなんなのになぁ……」
「前はこんなんじゃなかったんですけどね……もうちょっと抑え気味だったんですが、魔界を統一したあたりから、一気にタガが外れたように……」
「フッ……何を言われようが、わたくしの愛は止まりませんことよ……ということでアスト様? 力は貸して差し上げますから、あなた様もわたしくしに協力なさいっ! よろしくて!?」
「……まぁ、空間転移は便利だしなぁ。俺には転移先に移動する感覚というか距離感というか……そのあたりのセンスがないからやめたんだっけ」
「あー、そういえばそうでしたね。空間操作にはそういった感覚が重要で、失敗は即ち死を意味しますから、無理に覚えるのはやめてそれ以外にしましょうって話になったんでしたっけ……まぁ、私が使えるからっていうのもありましたけど……あの時は、まさかこの世界で満足に力を使えないとは思いませんでしたからね……」
ルシファーの不調は今も続いており、その力はせいぜい全開時の三割程度と、かなり弱体化している。
理由はいまだに分かっておらず、解決の糸口さえ見つかっていない状況であった。
「確かにな……そういや、バティンは特に何も感じないか?」
「んー……話は聞いていたので気にしてはいましたけれど、今のところは特に何も感じませんわね」
「なら、やっぱり暫くはバティンに頼るしかないな。ルシファー、諦めてくれ」
「……はぁい」
今の今まで彼女を呼び出さなかったのは、こうなることを予想したルシファーが難色を示していたからであった。
だが、いつまで経っても調子が戻らないこともあり、今回仕方なく彼女を呼び出すこととなったのである。
その話し合いは、視界の共有を切った状態で行なっていた為、当然バティンはそのことを知らない。
「陛下が自由にお力を使えないことは、非常に悲しいことではありますけれど、わたくしとしてはお側にいられて願ったり叶ったり……うふっ!」
「バティン……ほどほどにしてくださいね……」
「はい陛下っ! ところでアスト様? もう送ってしまっていいんですの? 伝達役とか言ってましたけれど、お話は済みまして?」
「ああ、さっきお前らがいちゃついてる間に済ませたよ」
「いちゃっ!?」
「んっふー! まぁ? わたくしとしてはもうちょっとこう……組んず解れつ的な行為に至りたかったのですが……もちろん全裸で」
「は、はわわ……さ、早速バカなことをっ……いいからさっさとやりなさいっ!」
「はぁーいですのっ! じゃ、行きますわよー? ほいほいほいほいほほいほいっ!」
並んでいた十人が瞬時に消えていき、これによりその場にいた廃墟街の住人は一人もいなくなった。
「よし、もういいか」
アストは結界魔術を解除し、再び辺りを見回した。
「何もせずにそのままか……かなり練度が低いな。いや、意識の問題か。ぶっ倒れた指揮官に、誰も駆け寄りすらしないとはな」
周りにいた兵士たちは誰一人その場から動けず、ただその場に立ち尽くしていた。
より正確に言えば、逃げたくても身体が動かなかったのである。
少しでも動けば死ぬと、そう感じて。
「んふっ! よほど人望がないのでしょうね。おかわいそうに……」
「まぁ、終戦から十五年経ってるし、よその大陸は別として、ここは平和そのものだからな。見たところ若い連中ばかりだし……適当に配置された兵士ってとこだろう。命をかけて戦ったことなんかないんだから無理もないさ」
「で、どうされますの?」
「別に放っておいてもいいんだが……まぁ、少し寝ててもらうか。二人とも……魔力で耳を防御しろ」
言われるがまま、ルシファーとバティンは瞬時に両耳を塞ぎ、その手を魔力で覆う。
そして、彼は両手を大きく広げた。
「ッ! 全員耳を塞げッ……!」
まだその場で退避するタイミングを計っていたジェスターは、何かを察してすぐさま他の三人にそう指示を出す。
その直後───
「……"眠れ"」
パンッと、柏手の音が強く鳴り響く。
途端に周囲にいた兵士たちは白目を剥き、糸の切れた操り人形のようなバタバタと崩れ落ちていった。




