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第57話:かつての魔界

 

「そ、それでアストさん? このあとどうすれば?」


「ああ……ちょっと待て。ガンザイ、今ここにいる中で、伝達役が務まる奴を十人連れてこい」


「は……すぐに」


 ガンザイは跪いたまま一度頭を下げると、すぐさま住民たちの方へと向かっていった。


「バティン、ガンザイが人を集めたら、そいつら以外の全員を本部に送ってくれ」


「えー……この人数をいっぺんにぃ? めんどくせーですわね……」


「……ルシファー」


 "それ見たことか"という表情を浮かべながら、アストがルシファーの名を呼ぶと、彼女は申し訳なさそうに頷いてみせた。


「バティン……お願いします」


「はいっ! よろこんでっ!」


 基本的に、召喚された悪魔は、契約者であるアストには絶対逆らえない。


 だが、強大な力と、強烈な自我を持つ者に関しては、彼の命令が効きづらくなるという傾向があった。


 無論、"契約の履行"という大前提がある以上、最終的には従うものの、命令から実行までに時間がかかることが多く、アストは何人かいるそれらとの相性を全て把握しており、なるべく適切に対処するよう心掛けていた。


「はぁ……」


 そんなこともあり、アストがため息をついていると、ガンザイが数人を引き連れ、戻ってくるのが見えた。


「お待たせいたしました」


「よし……お前も本部へ行って、向こうで指揮を執れ。それから……この騒ぎに乗じて、おそらく何人か攫われてると思うが、身内には心配するなと伝えておけ」


「は……承知いたしました」


「頼んだ。じゃ、ルシファー」


「はぁい。ではバティン、やってください」


「お任せくださいですわっ!」


 バティンは両手の親指と人差し指で四角を作ると、その指で作った枠の中に住民たちを収め───


「じゃ、行ってらっしゃいですのー!」


 彼女がそう言った次の瞬間、数百人の住民たちが、その場から忽然と姿を消した。


「はいっ! 完璧に送り届けましたわっ! あ、あの……陛下ぁ……?」


「ど、どうしました?」


「わたくしぃ……陛下きらぁ……お褒めの言葉が欲しいですわっ!」


「ひぇ……う、ううん? え、えーっと……バ、バティンは偉いですねぇ……いい子いい子……」


「あひゃぁん! 陛下ぁ……な、撫でて……撫でてくださいましぃ!」


 今でこそこんな有様ではるが、彼女も初めからこうだった訳ではない。


 かつて、終わりの見えない、なんの為に行なっているかも分からない永劫の戦乱により、まだ魔界が血と臓物の臭いで満ち溢れていた頃、自らを"王"と称する悪魔たちが、魔界のあちこちに現れてはすぐに消えていった。


 そんな時代の中で、数万年に渡ってその力を誇示し続ける一部の有力な悪魔たちの中に、彼女───バティンの名があった。


 何十万という悪魔たちを率いていた彼女は、自身の持つ稀有な能力によって、その名を魔界全土に轟かせる程の猛者であり、戦をすれば全戦全勝。


 負けることなどあり得ないという、まさに戦う為に生まれてきたような存在であった。


 そんな折、彼女は妙な噂を聞きつける。

 それは、最近突然現れた女の悪魔が、魔界でも五本の指に入る力を持った王の一人を、軽々とねじ伏せたというものであった。


 立場上、動くに動けなかったとはいえ、先を越されたという憤りと、またその悪魔が同性だったこともあり、彼女は噂の主に強い興味を抱く。


 そして、すぐさま部下に居場所を探らせると、単身その場所へと向かい、遂に件の悪魔と対峙することとなった。


 一目見た瞬間、相手の力量を察したバティンの頬を、一雫の汗が伝う。

 だが、彼女に後退の二文字など最初(はな)からなく、己が全力を持って件の悪魔へと襲いかかった。


 結果は言わずもがな、その悪魔が持つ強大な力の前に彼女は敗れ、指一本動かせぬまま、仰向けで空を見上げることとなる。

 それは、彼女にとって初めての敗北であった。


 だが、不思議と怒りはなく、むしろ清々しい程の完敗に、彼女の胸は逆に高鳴っていく。


 そんなバティンの視界にひょこっと顔を出し、笑顔で手を差し伸べるルシファーの可憐さと、その度量の大きさに、彼女は心底惚れてしまったのであった。


 以降、バティンはルシファーの配下となり、魔界を統一し、平和な世を作りたいという彼女の野望に力を貸すこととなる。


 そのあまりの愛の深さにより、暴走することもままありはしたが、"王の左腕"として、彼女は今日に至るまでその役目をまっとうし続けているのであった。


「あへあへあへぇ……」


「よ、よしよぉし……」


 ルシファーに頭を撫でられ、白目をむいて舌を出す彼女に、アストは軽蔑の眼差しを向ける。

 とはいえ、彼女の力は実に有用で、これからも必要になる以上、あまり無碍には出来ないと、彼はまた大きなため息をつくのだった。


「……もういいか?」


「あっ! ほらバティン! まだお仕事がありますからっ!」


「へぁっ!? あ、し、失礼いたしました……で、次は何を送ればよろしくて……アスト様?」


 バティンの能力は"空間操作"。

 それは奇しくも、主であるルシファーが得意とするものと同じ系列の力であった。


 だが、彼女はルシファーのように異次元には行けず、新しい独自の空間を生み出すことも出来ない。

 彼女の力はただ一点、空間転移───要するに、瞬間移動に特化していた。

 故に、空間転移に限れば、その力はルシファー以上である。


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