第55話:指導者
「ああッ……指導者様ッ……!」
そう言ったガンザイがすぐさま片膝をついて跪くと、その背後にいた住民たちもまた、彼へと向けて一斉に跪く。
その異様な光景に、周りを取り囲んでいた兵士たちは困惑して動けず、理解が追いつかないシャナリーゼもまた、ただそれを眺めることしか出来ずにいた。
「はぁ……」
そんな中、自身に首を垂れる彼らを見て、"軍人殺し"───アストは、大きなため息をついた後に口を開いた。
「だから……いちいち跪くな。そんなことをする必要はない」
「いえ……あなた様は我らを導いてくださった。そんなお方と目線を同じくするなど、神に唾吐く行為と同義……決して許されることではありません。それに、あなた様は今回もこうして我らをお救いになられた。何も持たぬ我らが返せるものは、心からの感謝と忠義を示す、この姿勢のみでございますれば……」
「……あ、そう。じゃあもう好きにしろ。そんなことより、意外と行動が早かったな」
「は……やはり、ジャバーは侮れない男かと」
「どうかな……俺の予想じゃ、理由はそっちじゃないと───」
「おいッ!!」
己を無視して話し続ける二人に、シャナリーゼは苛立ちを露わにする。
背後からの怒号を受け、アストは再び彼女へと向き直した。
「なんだ? 何か用か?」
「ッ! き、貴様……舐めるのも大概にしろよッ……この状況が見えていないのか!?」
「そんなものは見れば分かる。で、要件はなんだ?」
「こッ……」
ブチブチと、頭の中の血管が切れていくのを感じながら、彼女は剣を引き抜いた。
指揮官の行動によって指針を得た兵士たちは、最低限の包囲を維持しつつ、武器を構えて徐々にアストへとにじり寄って行く。
「ん、やるのか?」
「当たり前だッ! 我らは貴様を捕らえにきたのだからなぁッ……探す手間が省けたわッ!」
「……俺が目的? あんたら……人身売買の為に人を攫いに来たんじゃないのか?」
その言葉に、兵士たちの足が一斉に止まる。
どよめきが起こる中、シャナリーゼは慌ててアストに剣の切先を向けた。
「な、何をッ……訳の分からぬことを! 馬鹿なことを言うなッ! 人攫いなど……誇り高き我がアレクサンドリア軍が、そんな真似をすると思うかッ!!」
「フッ……嘘が下手だな。アレクサンドリア軍が人身売買に関与しているのは事実だろう。ジャバーが人攫いの業者と繋がっているのは知っている。というより、人身売買の元締めがジャバーだと言った方が正しいか?」
「な、何を言って───」
「ここ何日かで捕まえた奴らが、全員同じことを言ってたからな……ほら、あんたも知ってるだろ? 付き合いのある人攫いの業者に雇われてた……あの傭兵たちだよ」
「あ……」
ここに来る前に、彼女にだけはジャバーからその詳細を聞かされていた。
むしろ、その一件があっての今回の任務であり、それは当然とも言える。
「個別にお話しした結果だし、まず間違いないだろう。ちなみに、シャナリーゼ特別補佐官……あんたの名前も出ていたぞ? ジャバーが忙しい時は、あんたが窓口になってるらしいじゃないか」
アストの話し方や雰囲気は、とても嘘をついているようには見えず、もともとこの突然の任務に疑問を感じていた兵士たちの中には、それが真実ではないかと思い始める者もいた。
そんな困惑する兵士たちを見て、シャナリーゼは声を荒げた。
「ちッ……でたらめだッ! 貴様らは阿呆か!? 敵の妄言を信じてどうする!」
「あー……そりゃ末端は知らないよな。知ってるのは、お前を始めとするジャバーの側近と、繋がってる業者、後は客くらいまでか? あ、バルバロスも知ってるよな? 派閥の代表だし」
「き、貴様……!」
「俺は全部知ってるんだよ。なんなら、売られた奴らがどうなったかまで話してやろうか? あいつら、ちょっと脅したらなんでも答えてくれたからなぁ……俺も人のことを言える立場じゃないが、かなり胸糞悪い内容だったぞ。あ、せっかくだし、特殊性癖のクソ野郎に売られた、あんたと同性の話をしてやるよ。どうせ知らないだろ? というか、知りたい訳がないか。自分が加担したことによって不幸になった……哀れな人間の話なんてよ」
「もう……黙れッ!」
シャナリーゼは剣の柄を両手で握ると、それを上段に構えて魔力を練り上げる。
直後、その鋼の刀身に、魔力から生み出された風が渦を巻き始めた。
「……風系魔術か。練度はそれなりだな」
「よくもまぁペラペラとッ……戯言をほざいたな貴様ァッ! その侮辱ッ! 万死に値するッ!」
「おいおい、凄いなあんた。よくもまぁそこまで演技が出来るもんだよ……二重人格か何かか? まぁ、それくらいの胆力がないと務まらない仕事なのかもしれ───」
「死ねッ……"陣風一閃"ッ!」
詠唱とともに振り下ろされた剣から、三日月型の風の刃が放たれる。
鉄板をも容易に引き裂くその一撃は、地面を抉りながら一気にアストへと迫っていった。
「ふはははははッ! 全てを引き裂く我が魔術……防げるものなら防いでみるがいいッ! 避けても構わんが、そうすれば後ろの奴らが───ッ!?」
次の瞬間、シャナリーゼは言葉を失った。
アストから溢れ出した、そのあまりにも膨大な魔力によって。
「な……あッ……!?」
それは、驚愕によって顔を歪めた彼女はもちろん、一度相対したターニャを除き、その場にいる誰もが、生涯で初めて感じる───圧倒的な力の奔流であった。
「ふッ!」
そうしてアストは、その膨大な魔力を右拳へ流し込むと、迫る風の刃に向け、一気にそれを振り抜いた。




