第53話:廃墟街の騒動
道には瓦礫の破片や穴の空いた鍋、破れた服などといったゴミがこれでもかと散乱し、またこの十五年の間に崩壊した建物の残骸はそのまま残され、逆に誰かが歪に増築した場所もあれば、放棄された廃材が山のように積まれている場所など、およそ人が住む場所とは思えないような光景ばかりであった。
「ん……」
暫く進んだところで、ターニャが急に足を止めた。
「どうし───……なんか……聞こえるな」
それは、遠く離れた場所から微かに届いた、複数の人間が騒いでいるような、そんな声であった。
「ええ……それに、匂いは同じ方向からきてるであります」
四人がさらに耳を澄ますと、それは───
「……叫び声……じゃないっすか?」
「確かに……そう聞こえます」
まるで、多くの人間が恐怖に駆られ、逃げ惑う時に発するようなそれに、四人の緊張感が一気に増した。
「ターニャちゃん、ランタンを」
「あ、はいっ……」
ターニャからランタンを受け取ったジェスターは、火を調整して明るさを少し落とすと、そのまま彼女の前に出た。
「ターニャちゃんは右、カサンドラは左を。ローザちゃん、後ろは任せた」
彼女たちが頷いたのを確認すると、ジェスターは前を向いてさらに耳を澄ませる。
断続的に聞こえてくる悲鳴の中に、高い金属の音や爆発音が混じっていることに気づいた彼は、この先で戦闘行為が行われていると判断した。
「ターニャちゃん、匂いがするのは?」
「十時の方向であります」
「音がする方向とだいたい同じ……ってことは、これは奴らの仕業なのか……?」
「どうでしょう……ただ、匂いは強くなってるであります……きっと、近くに……」
「了解……少し急ぐぞ」
ジェスターを先頭に、彼らは建物を迂回しながら迅速に、かつ慎重に音がする方へと向かっていく。
やがて、その叫び声が鮮明に聞こえ始めた。
「は、早く逃げろぉッ!」
その声がすぐそばから聞こえたことで、ジェスターは全員に指示を出し、彼らは物陰に身を隠した。
「ちくしょう! アレクサンドリア人め! 俺らはなんもしてねぇってのに……!」
「市場はもうダメだ! プリズンに避難しろ!」
「あの方は!?」
「分からん! 今はとにかく逃げるんだ!」
四方八方から聞こえてくる住民たちの声が、だんだんと離れていくのを確認した後、ジェスターは額の汗を拭いながら立ち上がると、膝についた埃を軽く払った。
「アレクサンドリア人……軍人殺しじゃないみたいっすね」
「どうやらそうみたいですね。この先で、いったい何が起きてるのでしょうか……」
「……とにかく進もう」
ジェスターたちは極力廃墟の中を通り、少しずつ前へと進んでいく。
その間も、逃げていく住民たちの足音や声が辺りに響いては消えていき、その度に彼らは見つからぬよう身を潜め、慎重に行動しながら匂いのする方へと向かっていった。
そうして、廃墟から廃墟へと縫うように移動していくと、やがて目の前に開けた空間が現れた。
「ここは……裏門側のメインストリートだな。なるほど……あれがさっき言ってた市場か」
メインストリートに面した廃墟の内部に身を潜め、四人は壊れた窓や、壁の亀裂から外の様子を伺う。
大きな道の中央やその左右には、多少みすぼらしくはあるものの、物がない中で精一杯飾りつけた小さな屋台がいくつも並び、そこには様々な商品のようなものが並べられていた。
そして、いくつかの屋台からは火の手が上がっており、それによって照らされていたのは、周りを完全に包囲した兵士たちと、そんな彼らを怯えた様子で見つめる住民たちの姿であった。
「あの腕章……南方司令部所属の兵ですね」
「ああ……で、廃墟街の人間は五百人くらいはいるな……なんなんだこの状況は……」
逃げ遅れた廃墟街の住民たちは完全に包囲され、道の中央で一つにまとめられていた。
囲んでいるのは中隊であり、その数はおよそ百人程度。
数だけで言えば、住民たちの方が圧倒的に有利ではあるのだが、当選ながら抵抗など出来る筈もない。
戦う為に心身を鍛え上げてきた兵士たちと、ただ生きることに必死な彼らとでは、戦闘に対する心構えからして圧倒的な差があり、仮に挑んだところで勝負にすらならず、ただ無残に殺されるだけなのは明白であった。
「ジェスターさん……」
この先、何か嫌なことが起きると予感したカサンドラは、思わず上司の名を呼んだ。
しかし、彼女の方を向いたジェスターは、静かに首を横に振った。
「動くなよカサンドラ……俺たちが出て行っても、何の解決にもならないぞ」
「わ、分かってるっすけど……」
「あっ……ジェスターさんあれ……!」
ローザの声で前を向いたジェスターは、怯えて固まる住民たちの前に立つ、黒と赤を基調とするアレクサンドリアの軍服を着たその女を見て、思わず眉を顰めた。
「シャナリーゼ……!」
「だ、誰っすか?」
「……南方司令部総統、ジャバー少将直属の部下です」
「直属って……なんでそんなんがここに……?」
「分からんが……こりゃ、かなり面倒な場面に出くわしちまったかもしれねぇな……ターニャちゃん、匂いは?」
「あ、えーっと……その……あの女の人の匂いはするでありますが、いろんな匂いが混ざってはっきりとは……」
「そうか……」
ジェスターたちの見つめる先で、シャナリーゼはひどく気怠そうに首を二、三度回すと、その冷たい視線を住民たちへと向けた。




