第52話:気づかないままに
「あ、ありがてぇ……!」
「ただし、今回は一割だ。いいな?」
「分かってるさ……文句なんか言わねぇよ!」
すっかり安堵し、笑みを浮かべながらそう言うビッガルノに、ジャバーは一つため息をついた後、再び彼へと鋭い視線を向けた。
「で? 今回はいいとして、今後はどうするつもりだ?」
「え? あ……んー……いや、廃墟街だけじゃなく、他の街での仕事を増やそうと考えちゃいるんだが……どう思う?」
「うむ……それも行うべきではあるが、廃墟街は畑として最高の環境だ。これをみすみす逃す訳にはいかんな。中隊を送り込めば、その異物も顔を出すやもしれん……追加で、私の手駒を貸してやろう。異物を排除し、畑を正常な状態へと戻せ」
「わ、分かった! マジで助かるぜ……やっぱあんたは天才だ!」
「世辞はいい……さっさと行け」
「あ、ああ! じゃあ、頼んだぜ!」
ビッガルノはそう言い残し、急いで部屋を後にする。
残されたジャバーは、背もたれに身体を預けると、再び深いため息をついた。
「……ゴミどもが」
彼はじっと天井を見つめ、苛つきを言葉にして吐き出す。
間違えてこなかった彼は、それ故に、その実に座り心地のいい椅子へと座り続けてきた。
「ちッ……次から次へと……必ずその報いを受けさせてやる。特務課も……いや、今はもういいか。閣下のお考えに、私が口を挟む必要はあるまい」
バルバロスに見出され、大戦時にも彼の元で指揮をとり、数々の武功を積み重ねてきたからこそある今の地位。
それを、どこの馬の骨とも知れぬ塵芥の存在に脅かされることなど、彼の中では決してあってはならぬことであった。
「やはり軍人殺し……奴の出現から全てがおかしくなったのだ。それに乗せられて……反乱軍だか革命軍だか知らんが、貴様らの担ぐものなど、もうこの世にはないということが何故分からん……! 土地と血に縛られた……哀れな劣等種どもめ。貴様らは、ただ漠然と日々を生き、そして死ねばいいのだ。そして時折……我らの役に立てばそれでいい」
南方司令部総統の任に就いてから十四年、彼はその高い統治能力により、元ペルシア領を完全に掌握してきた。
まず彼は、生き残ったペルシア人の数を正確に把握する為、全員に識別番号を割り振り、各街でそれを管理するよう通達。
氏名はもちろん、性別に年齢、家族構成や人の流出による増減、仕事や蓄え、所有する土地に至るまで、あらゆる情報を記録、管理し、最終的にはそれら全てが自身へと送られるような仕組みを作り上げた。
そして、それを裏の仕事に利用することもあったが、彼が何よりも重要だと考えていたのは、反乱行為を完全に押さえ込むということであった。
「誰にも……誰にも好きにはさせん……」
彼が就任するまで、南部は酷い有様であった。
当時、皇都の内部事情を始めとする、ペルシアの全容把握に加え、長引いた戦争によって後回しにされていた自国領土内の諸問題など、アレクサンドリアは事後処理に追われていた。
結果、終戦から一年が経つ頃には、統治する人間がいきなり消えた巨大な王国は、法も秩序もない完全な無法地帯と化していた。
そこで南部を任されたジャバーは、各街に自軍の中隊と、生き残った数少ない元ペルシア兵を数名ずつ派遣。
力と情を使い、反乱分子を徹底的に排除した結果、就任から約一年程で、南部に新たな秩序をもたらした。
さらに、前述した管理制度を利用し、新たに反乱を企てた者が現れれば、その当事者だけでなく、その家族や友人までもを処刑。
また、流通経路を整え、十分な食料が各地に渡るように取り計らい、数年間に渡る税の緩和措置や、建築資材の提供、傭兵ギルドの誘致を始めとする仕事の斡旋、それら全てに伴う法整備など、彼らの生活を安定させることに注力した。
これらの飴と鞭により、元ペルシア人たちはまともに生きることを選択する者が増え、元ペルシア領に平穏な日々が戻ったのである。
「ここは……私の国だ……!」
王を始めとする、上に立つ人間を全て奪われたこと、完全に管理されたこと、安定した生活基盤を得たこと、そしてそれら全ての背後に、強大で圧倒的な力を持つ、アレクサンドリアという超大国があること。
これら全ての要因により、彼らのほとんどは、もはや反抗する意思を失い、今実現可能な自分たちなりの日々を過ごし始めた。
故に、軍人殺しが現れるまで、南部は実に平和で安定した、素晴らしい占領地だったのである。
それも全て、彼の手腕によるものであったのは間違いない。
だが、結局のところそれは、ペルシアという画家が描いた美しい風景画を、アレクサンドリアという画家が、暴力という名の絵の具で表面を塗りたくり、ジャバーという筆を使って描き直しただけのものに過ぎなかった。
それはつまり、元の絵は消えてなどおらず、本質は何も、変わっていないということである。
彼はそれに気づいていない。
いや、気づける筈もなかった。
人を見下し、操り、自身を特別な人間だと思っている彼に、人の本質など、見抜ける筈もないのだから。
「さて……」
そうして彼は、通信機へと手を伸ばす。
そのすぐ足元まで迫っている脅威に、何も気づかぬままに。
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「くんくん……こっちでありますっ」
裏門側から侵入した四人は、ターニャの鼻を頼りに、まるで迷路のような廃墟街を元皇都の中心に向かって進んでいた。
辺りに人の気配はなく、彼ら四人の足音以外には何も聞こえない。
「暗いっすね……」
「前来た時よりも荒れてるな……足元に気をつけろよ」
高い建物が乱立しているせいで空は狭く、月明かりは地上を照らすことなく、建物の上部で止まっていた。
やはり街に灯りは見えず、先頭に入れ替わったターニャの持つランタンの光だけが、周囲を淡く照らしていた。




