第51話:深い深い闇の中
「わ、分かってるって……だから、今も個人的に雇った傭兵を行かせて───」
「それで、間に合うのかね?」
「ッ! お、俺も行くよ……この後すぐにな。ただ、その……一つ頼みがあるんだよ」
申し訳なさそうに背中を丸めるビッガルノに、ジャバーは少し呆れたような表情を浮かべながら口を開いた。
「やっと本題かね……君は、そもそもその頼みとやらをしに、わざわざ私のところまで来たのではないのかね? さっさと内容を話したまえ……時間が惜しい」
「あ、す、すまねぇ……だいたい一週間くらい前からかな……急に奴らが組織的になり始めて、前よりやりにくくなったんだよ。若い奴らはなかなか一人にならないし、前は割といた一匹狼気取りの奴とか、誰にも相手されないイカれた野郎まで、なんだか知らねぇが団体行動を始めちまっ───」
「おい……その報告はもう受けている。だが、それでも君は"間に合う"と、支障はないとそう言ったろう? つまり、君がわざわざここに来たということは、間に合わなくなった別の事情が出来たからだ。それを話せと……私は言っているのだよ」
「あ、ああ……あんたの言う通りだよ……悪かった。ガラにもなく焦っちまってんだ。えーっと、どっから話せば……あ、あれは……あんたに報告した次の日のことだ。うちの傭兵が一人、行方不明になっちまったんだよ」
「……廃墟街でか?」
「そうだ……腕の立つ奴だった。なんせ、傭兵ギルドじゃ銀等級だったからな」
傭兵ギルドとは、個人や街、果ては国から、様々な依頼を受け、それをギルドに登録している傭兵へと斡旋する仲介業者である。
登録された傭兵たちは、その達成した依頼によって報酬を受け取り、ギルドは仲介料を徴収することで利益を得ていた。
依頼には等級が設定されており、それが高ければ高い程、当然報酬も高額であった。
傭兵たちもまた、今までの貢献度によって等級が割り振られ、自身の等級と釣り合った依頼でなければ受けることは出来ない。
等級は全部で六段階あり、下から順に鉄等級、銅等級、銀等級、金等級、黒金等級、白金等級となっている。
金等級以上の傭兵は非常に数が少なく、一般的には銀等級ともなれば、経験豊富で優秀な傭兵として扱われる。
「銀等級……実力者だな」
「ああ……廃墟街にいる奴らじゃ、何人集まったって奴には勝てねぇ。剣も魔術もいける奴だったし、頭も勘も冴えてた……うちのエースだったんだよ。そいつが消えちまって、他の傭兵たちもびびっちまってな……報酬を上乗せしたり、なんも知らない奴を雇ったりしてなんとかしようとしてたんだが、その後も……二人消えちまったんだ」
「ちッ……異物が入り込んだな」
「ああ、多分な……今でも二万人くらいは住んでると思うが……廃墟街は肥溜めだ。何もかもを失って、ただ生ける屍として彷徨い、最後の最後に行き着く先があそこなんだよ。で、そこで傷を舐め合ってガキを作ったり、都市部に侵入して盗みを働いたり、それからゴミを漁って金を稼ぎ、ネズミのステーキがごちそうだとか言う、惨めで無様な敗北者の集まり……そんなところに、銀等級の傭兵をどうにか出来る奴なんて生まれる筈がない。間違いなく、最近流れて来た奴だ。しかも、腕利きのな」
「正義の味方を気取った異常者だな……でなければ、あんなところに住もうとは思わん。まぁ、話は分かった……で、私にどうしろと?」
「その……名目はなんだっていいんだ! 不穏分子がいるとか、指名手配犯の捜索だとか……なんならやるフリでもいい! あんたんとこの中隊を一つ、俺が調べたポイントに送り込んじゃくれねぇか? 割とデカいコミュニティでな……商店街まがいのことをしてるから、客も含めりゃ一千人以上が同じとこにいるんだ。あんたんとこの兵士が暴れてる間、俺らはその混乱に乗じて二、三人……いや! 最低でも十人はやってみせる! どうだ!?」
「そういう話か……」
「なぁ頼むよ! 実は、うちの傭兵たちに監視させてて、さっき受けた報告によりゃあ人数はばっちりだし、内壁からもそんな遠くねぇんだ! このまま数が足らなかったら、あんたも困るだろ!?」
「うぅむ……」
ビッガルノの言う通り、このまま"商品"が揃わなければ、顧客からの信用を一つ失うことになる。
そしてそれは、あっという間に顧客たちの中で広がり、完全には信用出来ない組織として見られ、今後の仕事に影響を及ぼすだろうと、彼はそう考えていた。
無論、人身売買の運営業者が、アレクサンドリアだと表立って謳っている訳ではない。
だが、皆暗黙の了解の中で、そうだと認識しているのだ。
つまり、このままではアレクサンドリアという超大国が、こんなことも満足に出来ない低レベルな組織であると、裏社会の人間たちにそう思われてしまう。
そう考えたジャバーの眉間に、深い皺が出来た。
「ふー……」
たった一つの失敗が、今まで積み上げてきたものを容易に破壊するというのは世の常であり、一度折った紙が、その折れた際に出来た線を二度と消せないのと同じように、信用もまた完全には戻らないことを彼は知っている。
裏社会に戒律はあれど、法律は存在しない。
秩序は力によって構成され、力を生み出すのは、他者からの印象そのものである。
故に、誰にどう見られるか、それが何よりも重要であった。
顧客たちの不信感はジャバーの、ひいてはその背後にいるバルバロスが描く未来図に、大きな影を落とすことになる。
人身売買などは、あくまでも裏社会進出の足がかりに過ぎず、彼らの目的はそのずっと先にあった。
故に、ジャバーには、一度の失敗も許されない。
はたから見れば、安泰にも思える彼の地位は、薄氷の上に座する鉄の王の如く、極めて危うい存在なのだ。
足場が割れれば、鉄の王はどこまでも沈んでいくことになるだろう。
その暗く冷たい、底なしの深い闇の中に。
「……いいだろう。準備が出来次第……連絡を入れる」




