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第50話:闇への侵入

 

 終戦直前、皇都ペルシアには、兵士や民間人も含め、まだ三十万人程が残っていた。


 しかし、その多くは戦争によって傷ついた怪我人であり、他もまた高齢者や女性、まだ幼い戦争孤児と、戦うことの出来ない者たちが大半であり、アレクサンドリア軍が遂に皇都ペルシアへの直接攻撃に乗り出し、その包囲が間近に迫った段階で、約半数が皇都を捨てて脱出。

 アテナ大陸南部の各地へと散らばっていった。


 兵士を含め、残った民間人たちは武器を手に、最後の最後まで戦い抜き、そしてその悉くが命を落とした。


 開戦当初、ペルシア軍の総数は、その属国も含めて約百万という、現在のアレクサンドリアにも引けを取らない程の強大な力を誇っていたが、終戦時に生き残っていた兵士は、僅か一万人にも満たなかったという。


 こうして、四十年にも渡る長い大戦は、ペルシア王を始め、王族や貴族といった上流階級、政府高官、また軍の上層部に加え、果ては権力を持った豪商など、それらに関わる一族郎党全てが処刑されたことによって終結したのである。


「まぁ、とにかく言えることは……ペルシアという国家が完全に消滅した以上、彼らに残された選択肢は、従うか、逃げ出すかの二つに一つでした。受け入れた者はあちら側に……そして、そうでない者はこの暗闇に……果たして、どちらが正解なんでしょうかね」


「その時点で、もう正解なんてないっすよ。魔法使いが全員いなくなった段階で、ペルシアに勝ち目なんてなくなったんすから、さっさと負けを認めちまえばよかった……それだけの話っす」


「だな……ん、ローザちゃん……確か、ここらへんだったよね?」


「ええ……位置的に、そろそろ例のポイントかと」


 ジェスターとローザは、巨大な城壁のすぐ側まで近づくと、ランタンで壁を照らしながら少しずつ歩を進めていった。

 カサンドラとターニャは互いに顔を見合わせ、不思議そうな顔をしながらも、とりあえず二人についていく。


「……あった。これだ」


 ジェスターはランタンで壁を照らし、城壁に刻まれた傷のようなものを優しく撫でた。


「これ……あっ……よ、よく見ると……魔術陣でありますか?」


「その通り」


 一見するとただの傷にしか見えないそれは、魔術を文字として刻んだものであり、一般的に魔術陣と呼ばれるものであった。


 メリットとしては、魔術の威力を底上げしたり、複雑な魔術をあらかじめ刻んでおくことで、再現性を高めたりすることなどがあげられる。


 デメリットは言わずもがな、魔術を文字として刻むという一手間がある以上、戦闘中に設置することは難しく、事前に仕込んでおかなければ使い物にならないということである。


「なんでこんなところに……」


「前に来た時もこっち側から入ったんだ。あんまり目立ちたくなかったんでね。じゃ、ローザちゃん頼む」


「了解」


 ローザは魔術陣に触れ、そのまま魔力を流し込む。

 直後、淡く青い光とともに、刻まれた傷が壁を這うように移動し始めた。


「おお……」


 やがてそれは円を形成し、円の内部には、刻まれた文字が幾何学模様を描いていた。


「───開け……"別次元の通り道(エクストラルート)"」


 ローザの詠唱に合わせ、魔術陣が回転を始めると、そのまま壁の中へと沈んでいく。

 そうしてそこに、人一人が通れる程の穴が空いた。


「く、空間魔術……めちゃくちゃ高等なやつじゃないっすか! 使えたんすか!?」


「専門じゃないですから、魔術陣を使ってなんとかギリギリって感じですよ。それに、私に出来るのは、こうして物質に空間の穴を開けて、また閉じておけるってくらいです。何もない空間から別の空間への転移は出来ません。あれはもはや、魔法に近いものですからね」


「いや、充分すごいでありますよ……ローザさんって、やっぱりすごい魔術の才能がありますな」


「ふふっ……ありがとう。さ、行きましょう。そんなに長くはもたないから」


「よし、行くぞ。ついて来い」


 こうして、ジェスターたちが元皇都ペルシアへの侵入を果たしたちょうどその頃、その内部にある悍ましい闇が、慌ただしく動き始めていたのであった。



 ──────────────────



「足りないというのは……どういうことだ?」


 元皇都ペルシア城、宰相執務室。

 そして、現南方司令部総統室には、重苦しい空気が充満していた。


「い、いやいや旦那ぁ……もう長い付き合いだろぉ? そんな怖い顔しねぇでくれよ……な?」


 布製の軽鎧を身に纏った傭兵風のその男は、黒い牛皮製の椅子に座り、机に肘をついて自身を睨みつける南方司令部総統ジャバーに対し、そう言って許しを請う。


 しかし、ジャバーの表情は変わらず、その細く鋭く整えられた口髭も、左右対称に吊り上がった眉も、きっちりと七対三に揃えらた黒髪の分け目も、何一つ微動だにしないまま、彼を睨み続けていた。


「だ、だから……こっちにも事情があんだって! こないだも話したろ!?」


 その圧に耐えられず、男は思わず声を荒げてしまう。

 そこでようやく、ジャバーは彼から視線を外し、深い深いため息をついた。


「……ビッガルノ君。どうやら君は、何か勘違いしているようだ」


「な、何がだよ……」


「私はね、別に足りない理由を聞いているんじゃないんだ。足りない数を、君がどうするつもりなのかを聞いているのだよ」


「あ、いや……それはっ……」


 ジャバーは懐中時計を取り出して時間を確認すると、その鋭い視線を再び彼へと向けた。


「現在の時刻は夜の九時十分……さて、あと三時間弱で競売が始まる訳だが、今日の来賓者は上限である三十名。対して商品は二十八……これでは、遠路はるばるお越しいただいた方々のうち数名に、とんだ無駄足を踏ませることになってしまう。さらに、都合の悪いことに、今日はお得意様も非常に多い……足りませんでした、では済まされないのだよ」


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