第49話:クソみたいな現状
その為、アレクサンドリアは城の背後に広がる約四割の廃墟群エリア、これに接していた裏門を完全に封鎖。
その代わりに、都市の内部に新たな壁を建設し、無法地帯と化した廃墟群と、通常の都市部を完全に隔離することで、"最初から存在しないもの"として扱っていた。
これは戦争終結から十五年経った現在も変わらず、今もこの廃墟群には、行き場を失ったペルシア人が数多く住むとされているが、その全容は何一つ分かっていない。
要するに、この裏門側は完全に軍の管轄外となっており、都市内部に誰にも見つからずに入ること自体は、侵入方法さえあれば可能ということである。
「あの岩場がいいな……よし、ここからは徒歩で行くぞ。あ、ターニャちゃんは顔を隠しといてね。面が割れてるから」
「了解であります」
裏門付近へと近づいた四人は、馬車を適当な場所に止めると、必要なものだけを持って徒歩で移動を開始する。
辺りは暗闇に包まれており、先導するジェスターが持つランタンの灯りだけが、砂利や石ころなどが散乱する道なき道を進む中で唯一の頼りであった。
「暗いし静かだし……なんか嫌な雰囲気っすね」
「ああ……こっち側は、正門側と違って灯りがほとんどないからな」
巨大な城壁を左手側にし、ジェスターたちは隊列を組んで進んでいく。
ふとカサンドラが空を見上げると、遠く反対側にある正門方向の空は、微かに白んでいるように見えた。
「まさに、光と闇って感じっすね……」
「ええ……あちら側に住んでるのは、軍人やその関係者と、アレクサンドリアの属国から来た移民や行商人がほとんどです。もちろん、恭順した元ペルシア人もそれなりにはおりますが、その地位や待遇は決してよくはありません。むしろ、まともに生活が出来ている人はほんの一握りで、ほとんどの人は……あまり口にはしたくない状況にあります」
「あー……奴隷みたいに扱ってるって話すか……?」
「ええ。誰も奴隷という言葉は使いませんが、実態はその通りでしょう。ただ問題は……それですらがまだマシという事実です」
「はい? まだマシって……」
「以前、任務で元皇都を訪れたんですが……日中はいいんですよ。まだ見ていられる。ですが、夜は……目を背けたくなる光景をたくさん見ました。嫌という程にね。任務中でしたから……何もしてあげられませんでしたけれど」
「……何があったんすか?」
「私の口からはちょっと……ジェスターさんに聞いてみてください。一緒にいましたので。ね、ジェスターさん?」
「ん……んん……俺もあんまり言いたくないな。あ、ちょっとずつ城壁に近づくから、離れないように気をつけてな」
「あ、はい……つか、そんなになんすか?」
「うーん……聞きたい?」
「まぁ……」
「そうか……いや、知っといた方がいいかもな。要は、人として扱ってないんだよ。俺の知る限りで話すと、どこの国の人間かは分からんが、軍部と繋がってる業者がいて、そいつらが廃墟群にいる元ペルシア人たちを"狩り"と称して攫いに行く……要は人身売買だ。で、そこからいろんなとこへと繋がっていく訳だが……例えば被人道的な人体実験や、奴隷同士を殺し合わせてそれでギャンブルしたり、悪趣味な性癖を満たす為に非道の限りを尽くしたり……まぁ、そういうことだ」
「……クソっすね」
「ああ……別にそれを調べる為に行った訳でもないのに、全部勝手に目や耳に入ってくるんだ。言ってる意味分かるか?」
「……隠す必要がない。つまり、上がそれを認めてる」
ジェスターは前を向いたまま、ただ黙って頷いた。
「最悪っすね……」
「ああ、最悪だな。南方司令部総統のジャバー少将は、確かに優秀な指揮官ではあるが……性格にちょいと難ありでな。逆らう者には一切容赦のない、冷酷で残忍なサディストとして有名だ。だから、元ペルシア人のことも、おそらく虫ケラ程度にしか思ってないだろう。だが、この元ペルシアに対する方針を決めたのはおそらく彼じゃない……もっと上の人間だと思う」
「え? もっと上って……」
「ジャバー少将は……バルバロス大将派の人間だ」
「……なるほど」
ジャバーは高い実力と輝かしい功績を持つ、軍部でも指折りの将軍であった。
でなければ、南方司令部の総統などになれるはずもないのだが、そんな彼であっても上には、その男には決して逆らえない。
「彼が始めたにせよ、上からの命令だったにせよ、どちらにせよバルバロス大将がこの件を知らない筈がない。つまり、軍のトップがこの状況を"よし"としてる以上、咎められる者は誰もいないってことだ」
「……つまり、この元皇都の状況は一将官の趣味ではなく、アレクサンドリア自体の方針……ってことっすか」
「そうなる。間違いなく見せしめだろうな。アレクサンドリアに逆らったらどうなるか……ま、結局はバカな王族の尻拭いを、元国民が今もし続けてるってことだ。ペルシアが自国の魔法使いを全て失ってからの一年間……あれだけ追い込まれていたのにもかかわらず、属国になることを拒否して徹底抗戦を続けるなんて……正気の沙汰じゃない」
「確かに……その頃あたしはまだガキでしたけど、よく覚えてますよ。最後までめちゃくちゃ抵抗してたっすよね」
「ああ……俺もガキだったが覚えてる。属国になれば、誇りは失うかもしれないが、少なくとも国の名と民は守れた。現に、ペルシア以外の国は属国として、今もこの大陸に存在し続けている……当然、力は失ったがな。だが、ペルシア王が最後までそのクソみたいなもんを大事にした結果がこれだ」




