第47話:別人の蹂躙
「それで少佐、この後は?」
「ん、ああ……ジェスターの……あ、さっき言ってた、南部にいる俺の部下だ。ひとまず彼らからの連絡を待ちつつ、本部の片付けと旅の準備だな。そういや、君もいろいろとやることがあるんじゃないか? 話は通ってるようだが、大隊長としての引き継ぎとかあるだろ?」
「まぁ、大隊長と言っても……ほとんど形だけだからね。私について来られる人なんていないから、自由に動けて、それなりに便利な役職として与えられたのが大隊長だった、ってだけだもん」
「ま、そりゃそうか」
アレクサンドリアに限らず、国が持つ"軍"とは、小さな隊の集合体だ。
小隊が十人、それが十個で中隊。
で、中隊が十個集まったものが大隊と、そう呼ばれる。
つまり、大隊一つで一千人ということだ。
さらに、大隊には騎士、魔術士、支援の三種類が存在し、その三つで連隊となり、その上に旅団、師団が形成され、最終的にバルバロス閣下が率いる軍団となる。
そして、三つある軍団を合わせたものが"軍"であり、その全てを率いる最高司令官が国王陛下という訳だ。
戦闘時、魔法使いは単独行動することがほとんどだが、それ以外のサポート要因として、彼女のように部隊を率いていることもままある。
また、中には指揮能力が極めて高く、それ自体が好きな魔法使いの一人は師団長として、今現在前線で猛威を振るっていた。
「隊のことは副長に任せてるから、私が抜けても機能するよ。だから、特にこれといってやることないんだよね」
「まぁ、引き継ぎはともかく、旅支度は必要だろう。出来れば今日中に済ませておいてくれ」
「あー、それはそうだね……うん、了解だよ。じゃ、ちょっと準備してこようかな……終わったら連絡するね」
「ああ、また後でな」
彼女はやはりにこにこと笑いながら、そのまま部屋を出て行った。
なんだか妙に疲れたな……ああ……おまけに頭も痛い。
「やべぇ奴だな……あいつ」
「……お前が言うな」
「いやいや……俺とは意味合いが違うだろ。ありゃ相当拗らせてるぜ……過去に何があったんだよ?」
「……単純で虚しい話だ。彼女には、父親がいない」
「あー……」
「訓練生の教官をしていた時代の教え子でな。やたらと懐かれてはいたが、後からそれを知って納得したよ。おそらく、俺に父親の影を重ねてるんだろう」
「なるほどね」
だが、当時はあそこまで病的ではなかった。
この五年余りで、彼女にも様々な環境の変化があったのは想像に難くないが、あまり良い方向に進んでいるとは思えないな。
まぁ、上手くやるしかあるまい。
「そんなことよりソード……無闇に魔力を解放するなといつも言ってるだろ。いい加減、自分の力の強大さを理解しろ……この馬鹿者」
「はいはい……」
ったく、さて───
「オリビア」
「はっ!? は、は、は……はいっ!」
……こっちはこっちで、また別の問題ありだな。
ソードの言う通り、魔法使いには変人しかいないのかもしれん。
まぁ、彼女のことは以前から知ってはいたが……普段はこうなのか?
「君も準備をしておいてくれ。近日中にここを立つことになると思う」
「わ、分かりました……で、ではあのっ……失礼します……!」
おどおどしながら不恰好にお辞儀をすると、彼女は椅子や机に壁に扉と、それら全てにぶつかった後、ばたばたと部屋を後にした。
「……やべぇ奴だな」
「だから……お前が言うな。ちなみに言っておくが、普段はあんな様子でも、彼女は超がつく程の天才だ……特に、戦闘のな」
「え? そっちなのか?」
「……ああ、俺も驚いたよ。てっきり何かを生み出す側の才能かと思っていたんだが、どうやらそうじゃないらしい。アルテミス大陸北部への上陸作戦……お前、知ってるか?」
「あー……圧勝だったてのは知ってるが、内容までは知らねぇな」
「まぁ、結果だけを見れば、圧勝だったのは確かだ。だが、本来あれは、かなり厳しい戦いの筈だったんだよ。アルテミス大陸北沿岸部にあった二つの国……ドヴァノンとワグデカは、昔からの同盟国でな。うちが狙っていることを嗅ぎつけた両国は、沿岸部に強固な防衛線を敷いた。もともと断崖絶壁が続く地形でな……僅かに残された上陸ルートを、奴らは完璧に封じたんだ。試算した結果、突破出来ないことはないが、こちらにもかなりの被害が出ることは分かっていた。そこで、アルテミス大陸侵攻作戦の総司令官……第三軍団長ギルバート中将は───」
俺は、指を彼女が出て行った扉へと向けた。
「あの女を使った……って訳か」
「そうだ。結果は、お前の言う通り我が国の圧勝……いや、話を聞いた限り、蹂躙と言ってもいい。オリビアは、たった一人で両国の防衛軍を悉く粉砕。そのままドヴァノンの主要都市へ単身攻め入り、街を破壊し尽くしたんだ……民間人ごとな」
「やるねぇ……」
こいつはほんとに……嬉しそうに笑いやがって。
「……感心するのはまだ早いな。その翌日、今度はワグデカにも単身乗り込んだ彼女は、待ち構えていた一個師団を軽々と捻り潰し、近くにあった街を跡形もなく消し飛ばしたそうだ」
「おっほっ……いいねぇ。なんだか俺、あいつのことが好きになってきたぜ」
「ったく……まぁ、とにかくオリビアは、戦いになると別人みたいになっちまうんだよ。で、その暴走っぷりに周りがびびっちまったってのもあるだろうが、これじゃ占領もまともに出来ないってことで本国に送り返されたんだ。それ以降、彼女は帝都防衛の任に就きながら、研究職として穏やかに暮らしていたんだが……」
「またひっぱり出されたって訳か。でもよ、多分あいつ……まんざらでもない感じだったぜ」
「分かるのか?」
「ああ……さっき、俺がイーグレットとやり合う寸前までいったろ? そん時にあいつ……笑ってたんだよ。すんげぇ嬉しそうにな」




