第43話:バカと教え子と内気
「悪い。遅くなったわ」
口では謝っているが、全く悪びれる素振りのないその男に、全員の視線が集中する。
彼はその視線を引き連れたまま、黒く毛量が多い長髪と、マント代わりに羽織った軍服をひらりと靡かせ、シャンディの目の前を堂々と素通りすると、そのままオーガスの隣にドカっと座り込んだ。
「お、お、おま……!」
「昨日飲み過ぎちまってな……起きれなかったわ。で、今どんな感じだ?」
羽織った軍服の下に着ている白いシャツのボタンを止めながら、彼はそうオーガスに尋ねた。
その時"びきり"と、シャンディから異質な音が鳴り、そのこめかみに青筋が浮かび上がる。
彼はチラリとそれを見て───
「おっさん、あれ……キレてるぜ」
「こ、このバカ何を嬉しそうに……! 遅れたことをちゃんと謝罪しろッ!」
「ちょ……耳元で怒鳴るなって……わーかったよ! 遅れて申し訳ありませんでした! ……これでいいか? 美人のねーちゃんよ」
シャンディは終始凄まじい形相で彼を睨みつけていたが、男は全く動じることなく、巨大なあくびでそれに応える。
それによりまた、シャンディの青筋が一つ増えた。
「シャ、シャンディ中佐ッ! 後でよーく言い聞かせておきますからッ! は、話を先に進めましょう!」
「……い、いいでしょう。では、左から順に……お願いいたします……!」
怒りの形相のままのシャンディに手を差し出され、左端に座っていた人物は実に嫌そうに、ゆっくりと立ち上がる。
「えーっと……もう顔を晒しても?」
聞こえてきた女性の声に、オーガスは聞き覚えがあった。
さらに、その小柄で華奢な体格から、とある人物が頭に思い浮かんだが、彼は"そんなまさかな"と心の中でそう呟く。
「ええ……どうぞ」
しかし、フードを取り、マスクを外した彼女の顔を見て、オーガスの口が大きく開いた。
「では、自己紹介を」
「第三魔術士大隊隊長……イーグレットだ。よろしく」
「う、うそ……!」
「へぇ……魔法使いじゃん」
イーグレット=アンデルセン。
アレクサンドリアに所属する、十三名の魔法使いの内の一人である。
歳は二十六。
しかし、百四十センチにも満たない身長と、目つきは悪いが幼い顔立ちも相まって、年齢相当に見られることはまずなく、それはイーグレットにとって最大のストレスであった。
そんな彼女は、黒鉄の鎧に赤いマントを羽織っており、腰ほどにまで伸びた長いブロンドの髪を後頭部で一つに縛び直すと、その澄んだ青い瞳をオーガスへと向けた。
「久しぶりだね……オーガス先生」
「あ、ああ……そうだな……」
「おや、もともとお知り合いでしたか?」
「ええ、まぁ……以前の教え子でして」
「ほぉ……それはそれは……実に都合がいい」
「……は?」
「では、次の方……お願いいたします」
戸惑いを見せるオーガスを無視し、シャンディは二人目に手を差し出す。
その人物はこくりと頷くと、フードとマスクを外しながらスッと立ち上がった。
「え……あぁっ!?」
「オリビア……パルメニオンです……普段はその……魔術の研究などをしています……」
直接的な関わりはないものの、オーガスは彼女のことをよく知っていた。
というより、彼女を知らない者の方が珍しいと言った方が正しい。
何故なら、彼女もまた───
「おいおい……まーた魔法使いじゃねぇか」
オリビア=パルメニオン。
彼女もイーグレット同様、アレクサンドリアに所属する魔法使いの一人である。
歳は二十。
オリビアは現段階において世界最年少の魔法使いであり、稀代の大天才としてその名を世界に轟かせる人物である。
そんな彼女は、イーグレットとは実に対照的で、身長百八十センチと背が高く、着用している白銀のローブ越しでもよく分かる程に、極めて女性的な身体をしていた。
しかし、凛とした雰囲気を醸し出すその容姿とは裏腹に、彼女は非常に内気な性格であり、今も恥ずかしそうに両手でローブを握りしめ、伏目がちに周りをキョロキョロと見回したり、肩程にまで伸びたクセのある黒髪をいじったりと、落ち着きなく動き続けていた。
「なぁ……美人のねーちゃん」
そんな彼女を横目に、男はシャンディに鋭い視線を向けながらそう口を開いた。
「……シャンディだ」
「ああ、了解した。そんじゃ、改めて……なぁ、シャンディさんよぉ? こりゃいったいどういうことだ? 新設部隊の顔合わせと聞いちゃいたが、アレクサンドリアにたった十三人しかいない魔法使いを、三人も同時に集めるってのは……裏があるようにしか思えないぜ?」
そう。
彼が言うように、この場には三人の魔法使いがいた。
つまり、彼もまた───
「口を慎め……ソード」
「お前らもそう思うだろ? 俺と同じ……魔法使いとしてよ」
ソード=イクリプス。
イーグレット、オリビアと同じく、彼もまた魔法使いである。
歳は三十。
魔法使いの中でも三本の指に数えられる彼は、世界で知らぬ者などいない、まさに本物の強者であった。
その強さ故に、誰に対しても尊大で、無礼な態度をとることもまた広く知られており、軍内部では"手のつけられない問題児"として扱われている。
そんな彼が唯一まともに話を聞く者こそ、特務課の長であるオーガスであり、それ故に彼は特務課に属し、エースとして様々な事案を解決してきたのであった。
今回、特務課が完全に解体されなかった理由の一つに、この男の存在があったことは言うまでもない。
「なぁ、イーグレット……お前はどう思うよ?」
「知らん。命令があったから来た。それ以外にない」
「相変わらずだなお前……生きてて楽しいか?」
イーグレットは無視を決め込み、目を閉じて足を組む。
ソードはそれを呆れた様子で眺めた後、今度はオリビアへと視線を向けた。
「オリビアは? どうなんだよ?」
「え……っと……わたっ……私はなんでも……大丈夫ですっ……!」
「なんでもって……なんなんだよお前ら……魔法使いには変人しかいねぇのか?」
「お前が言うなッ!」
「いッ!?」
ゴンッ! と、まるで鈍器で壁を叩いたような凄まじい音に、思わず目を開いたイーグレットは、オーガスを見つめながらニコリと微笑む。
そして、オリビアは目に薄っすらと涙を浮かべ、口に手を当ててガタガタと震えていた。
「いってぇ! マジでいてぇ……!」
「いい加減にしろよソード……暫く黙ってろ! 分かったな!?」
「わ、わーかったよ! ったく、ちょっとふざけただけじゃねぇか……」
「あぁ!?」
「わーかったよ! もう黙ります!」
「はぁ……あ、すみませんシャンディ中佐! えーっと、何を話してましたっけ……?」
「フッ……さすがですねオーガス少佐。あなたの持つ、もう一つの二つ名……その一端を垣間見た気がします」




