第42話:ため息ばかり
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五月十四日、帝都アレクサンドリア参謀本部───
「はぁぁぁあ…………」
"軍人殺し"に対する、新設部隊の顔合わせ当日。
集合場所である第四会議室前の廊下で、オーガスは特大のため息を漏らしながら頭を抱えていた。
時刻は、朝の七時五十分である。
「なんで……どいつもこいつも……」
ジェスターの報告から一夜明け、彼は"何故またこうなるんだ"という、己の不甲斐なさに対する苛立ちと無力感に苛まれていた。
リリアナもジェスターも、そして他の隊員たちも概ねそうであるが、優秀過ぎるが故に突如として暴走する傾向にあるということや、そしてそれが強い責任感からくるものであるということもまた、オーガスとてこれまでの経験から十分に理解していたつもりであった。
しかし、いくら理解していたとしても、思うようにはならないのが世の常である。
「ま、まさかターニャを無理やり起こすとは……お前はそんなことしない奴だと思ってたのに……」
彼は一人そう呟き、また大きなため息をつく。
とはいえ、起きてしまったことは仕方がないと、気持ちを切り替えて時計をみたところで、彼は三度ため息をついた。
「そんで……なんであいつは来ないのよ……!」
今回の顔合わせには、特務課の長であるオーガスともう一人の計二名に対し、必ず参加するようにという通達がなされていた。
開始時刻が刻一刻と迫る中、オーガスは姿を見せないもう一人を諦め、仕方なく会議室の扉を三回ノックした。
「どうぞ」
中から女性の声が聞こえ、それを確認した彼は扉の取っ手を掴んだ。
「特務課課長オーガス……入ります」
焦茶色の重厚な扉を開け放つと、特務課以外のメンバーは全員揃っており、四つ並んだ座席の内、既に二つは埋まっていた。
先に座っていた二人はフードとマスクで顔を隠してはいたが、オーガスは二人が纏うただならぬ雰囲気により、相当な実力者であることを瞬時に察する。
「失礼……遅くなりました」
「いえ、時間内ですが……オーガス少佐、もうお一方は?」
当然の質問に、オーガスは心の中で"そうですよね"と呟いた後───
「あー……シャンディ中佐……その……あのバ……いえ、彼は少々朝が弱くてですね……もう間もなく来ると思いますので、先に始めていただけると……」
歯切れの悪いオーガスに対し、バルバロスの補佐官であるシャンディは、心底呆れたような表情を浮かべた。
「……なるほど。さすがは"大戦の英雄"……当時のあなたも、規律違反に作戦無視は当たり前で、結果よければ全てよしという方だったと閣下から伺ってはおりましたが……オーガス少佐は後進の育成が随分とお上手でいらっしゃますね。先のことといい、今回のことといい……実によく教えが行き届いている。是非、その秘訣をご教授いただきたい」
「いやぁ……ははは……ほんとすみません」
嫌味に加えて容赦のない皮肉と、年下の上官に散々な言われようではあったが、事実故に何も言い返せなかったオーガスは、後頭部をさすりながら乾いた笑いを漏らした後、ペコペコと頭を下げつつ、逃げるように空いている席へと座った。
「……まぁ、よいでしょう。会議の内容は後で共有しておいてください。ん、定刻となりましたね。それではこれより、"軍人殺し"に対する新設部隊の顔合わせ、並びに情報共有を始めさせていただきます。見知った顔もあるとは思いますが、まずは自己紹介から始めましょう。私は、バルバロス様の特別補佐官を務めさせていただいております……シャンディと申します。以後、お見知りおきを」
実のところ、ここにいる誰もが、半信半疑のままこの会議室へと訪れていた。
要するに、軍のトップであるあのバルバロス将軍が、本当にこの部隊の指揮を直接執るのかという疑念を、全員が同様にかかえていたということである。
しかし、彼の懐刀と言われているシャンディがこの場に現れたことにより、それが事実だということが確定した今、全員がそれの意味するところを深く認識していた。
「本日も含め、以降は多忙を極めるバルバロス様に代わり、私が連絡調整等の対応をいたしますので、どうぞお手柔らかにお願いいたします」
壇上に立つ彼女は、そう言って洗練された所作で頭を下げる。
歳は二十八。
日焼けしたような褐色の肌に、ブロンドのショートカットがよく似合う彼女は、整った顔立ちも相まってか、その肩書きに恥じぬ存在感を放っていた。
「さて、ここにいる私を除いた四名……失礼、今は三名でしたね」
また嫌味を言われたオーガスは、ばつの悪そうな顔でぺこぺこと頭を下げた。
「……ともかく、ここにおられる皆様は、バルバロス閣下が直接お選びになられた優秀な人材です。あのお方は、少数精鋭がベストだと判断されました。以後、基本的には私を含めたこの五名を主軸とし、軍人殺しの捕縛を最終目標に、行動を共にしてまいります」
「……捕縛か」
ポツリと呟いたオーガスのそれを、シャンディは聞き逃さなかった。
「何か? ……オーガス少佐」
「あ、いえ……失礼いたしました。なんでもありません」
オーガスはこの"捕縛"という言葉で、バルバロスの思惑に触れたような気がしていた。
というのも、彼のような立場のものが、何故この事案に積極的に関わるのか、オーガスにはその理由がずっと分からなかったのである。
しかし、その単語にこそ、今回の件の核心があるのではないかと、オーガスは一人眉を顰めた。
「……改めて申し上げる必要もないかと思いましたが、念の為にお伝えしておきましょう。閣下は此度の件に対して、大変なご憂慮をされております。被害者は既に百人を超えており、その数もさることながら、その残虐性は他に類を見ない、極めて醜悪な蛮行であると、強い憤りを感じておられるご様子でした。故に、ただ討伐すればよいというものではなく、軍人殺しを捕らえ、然るべき処置を講ずるべきであると、そのような結論に至られた……と、いうことです。ご理解いただけましたか?」
その言葉を受け、皆一斉に首を縦に振る。
「……では、次は私から見て左から順に───」
その時、会議室の扉が勢いよく開かれ、それを見たオーガスはやはり、特大のため息をつくのであった。




