第41話:浮遊感
俺は腰のポーチから地図を取り出し、二人の前で広げてみせた。
「これは元ペルシア領の……す、すごい書き込みの量でありますな……」
「ジェスターさんって、意外と勤勉なんですよね」
「い、意外とね……まぁほら、一応隊長だからさ? それなりに先のことを考えたりする訳よ。で、軍人殺しの被害があった場所を全部書いてみたんだけど、この赤文字で書いてあるのが、ガラバ以降に被害者が出た街ね。そこから更に、ここ数日間に絞ると……」
俺は最近被害に遭った街に、順々に丸をつけていく。
「……ん?」
「あ……」
「気づいた?」
「これ、方角はバラバラですけど……」
「なんか……円に見えるでありますな」
「そう……で、その円の中心が……ここだ」
俺はそこをペンでとんとんとつつく。
そこで、二人はハッとした表情を見せた。
「「元皇都ペルシア……」」
揃った二人の声に、俺は頷いてみせる。
「うん……一見バラバラに見えるけど、繋いでみると分かることもある。奴は長距離を短時間で移動出来るみたいだけど、おそらくその移動距離には制限があるんじゃないかな……ほら、元皇都から被害に遭った街は、どこもだいたい同じか、その手前くらいの距離にあるだろ?」
「確かに……」
「だから、今はここを起点にして行動してる可能性が高いと考えたんだけど……」
元皇都から丸をつけた街に線を引くと、どれも同じくらいの長さになることに気づいたのは、ターニャちゃんが起きた時のことを想定して、地図と睨めっこしていた昨日のことだった。
とはいえ……これだけでは、さすがに根拠としては弱すぎる。
「それなら近くの街でも同じようなことが言えるし、そもそも街じゃなく、今は使われていない古城や砦の可能性もある……元皇都の周りには、アレクサンドリアとの戦争で使っていたものが、そのままたくさん残されてるしね。ただ、ここにいる可能性が高いと思ったのには……もう一つ別の理由がある。それは、攫った兵士たちの存在だ。奴が攫った人数は九十人以上……となると、何が必要になる?」
「あ……そうか……食糧の確保ですね?」
「ああ。奴はおそらく……あー……これはあんまし言いたかないんだけど、攫った兵士たちを一人ひとり……拷問するつもりなんだろう」
口にしたくもないが、避けられない話だ。
たとえ、リリアナさんが……その中にいたとしても。
「……ある程度は生かしておかなきゃならないと考えると、街の外に拠点は置きづらくなると思うんだ。食糧の確保や、運搬に手間がかかり過ぎるからな。で、小さな街だと、今度は数十人を閉じ込めておける場所の確保が難しくなる……が、元皇都ならその心配はない。あの街には、闇が広がってるからね」
「闇……あっ! そうか……街の郊外にある、大量の廃墟群でありますな?」
「そういうこと」
皇都ペルシアは、もともとは百万人が暮らしていた超巨大都市だった。
しかし、長い戦争によって、現在は最盛期の約三割程にまで人口が減少……アレクサンドリアが仕切ることになった中心街は変わらず栄えちゃいるが、街の外れはスラム化し、大量の廃墟がそれこそ数え切れない程にある。
そこを根城にする無法者は多く、アレクサンドリアも半ば放置しているような場所……まさに、暴き切れない闇がそこにはあった。
「た、確かに……あそこなら何があってもおかしくはないですし、大抵のことは怪しまれない……もともとそういう場所ですしね。さらに、街の中心部へ行けば食糧調達も十分に可能……あり得ますよ。というか、もうそこしかないですよジェスターさん!」
「わ。私もそう思うであります! 元皇都へ行きましょう! 多少離れていても、私の力なら見つけられるであります!」
「よし……話は決まった。なら、ちょいと急がないとな」
休まず馬車を走らせたところで、元皇都まで二日はかかっちまう。
捜索の時間を考えると少々心許ない……なら、やっぱりあれしかないか。
「カサンドラ!」
「はいっ!?」
「魔術を使え! 全力で元皇都へ向かう!」
「えっ!? わ、分かりましたけど……いいんすかぁ!? どうなってもしんないっすよ!?」
「いい! やれ!」
もう既に十分過ぎる程の無茶をしてるんだ。
これ以上もクソもない……んだけど、これ吐きそうになるから嫌なんだよなぁ。
「へへっ……りょーかいっす!」
「ターニャさん、しっかり掴まっててくださいね。あと、気持ち悪くなったらこれに」
「へっ? な、なんですかこの麻袋……」
直後、操縦席にいるカサンドラから、強い魔力が溢れ出すのを感じた。
そして───
「しっかり掴まっててくださいっすよぉ!?」
グンっと、身体が上へと押し上がる感覚が、俺たち全員を包み込んだ。
「うわはぁッ!? な、なんでありますかこれッ……へぇッ!? と、と、飛ん───」
ふわりと、普段あまり感じたことのない浮遊感が襲うのと同時、車窓から眺める風景が、だんだん上へ上へと上昇していく。
「さぁ……行くっすよぉ!?」
あ、やば。
もう吐きそう。
「はいやーっす!!」
「うひぃぃいぃいぃッ!?」
「ぐッ……あ、きぼちわる……」
急加速した馬車は、暗闇の夜空を一直線に駆け抜けていく。
こうして、俺たちは一路、元皇都ペルシアへと向けて走り始めたのだった。
「ひゃっはぁぁぁあっす!!」
「いやぁぁぁぁあッ!? うっ……!」
あ、俺も……もう───
「はい、どうぞ」
にこにこと微笑むローザちゃんから手渡された麻袋は、なんだかとっても……嫌な手触りだった。
「あ……ダメであります。オロロロロッ……」
「俺も……オロロロロッ……」




