第4話:この世の全てが
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「はっ!?」
唐突に目が覚めた俺は、飛び起きて辺りを見回した。
「………………な、なんだここ……は…………」
何も、見えなかった。
辺りは黒く塗りつぶされたような場所で、どこを見渡しても黒一色。遠くを見ているのか、近くを見ているのかも分からない感覚に、俺は強い恐怖を覚えた。
「あっ……えぇっ!?」
しかし、何故か自分の身体だけはよく見えており、俺はそれを見て逆に驚いてしまう。
その、自分の手を見て。
「俺の指……手……なんで……あっ! えっ!? き、傷が……ない」
どこを探しても、どこを触っても、身体の傷は全て消えており、痛みも全くなかった。
いったいどうなって───
「……あ」
そこで、ようやく俺は理解した。
というより、納得したと言った方が正しいのかもしれない。
「そうか…………死んだんだ……俺は」
「いや?」
「うわぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁあッ!?」
突然耳元で囁かれたかのようなその声に、俺は思わず飛び跳ねながら大声を出してしまう。
慌てて耳を手で払いながら、俺は必死に周りを見回すが、やはり全て真っ黒で、周りには誰もいなかった。
「な、なん……だ、誰……誰ですかッ!?」
聞こえたのは、可愛らしい女の子の声だった。
すると、やはり何もない場所から、"クックックッ"という笑い声が聞こえてくる。
「そう怯えるな……と、言ってもな。あんなことをされた後で、さらにこんな状況では無理もないか」
今度は普通に声が聞こえてくる。
しかし、どこからかは分からない。
近くにいるような、遠くにいるような、右からでもあれば左からでもあり、上か下かも分からない……とにかく不思議で、変な聞こえ方だった。
「あ、あなたは……?」
俺が周りを見ながらそう尋ねると、その声の主から大きなため息が聞こえてくる。
「名を聞くなら自分から言えと、そう教わらなかったのか? ……アストよ」
「え、あ、すみませ……いや俺のこと知ってる……!」
「ふははッ! いやなに……こうして誰かと話すのも、いったいいつ振りのことやら分からなくてな。やはり、よいものだな……他者との会話というものは」
「は、はぁ……」
なんなんだこの状況は。
俺は……俺はいったいどうなったんだ?
死んだんじゃないのか?
あ、いや待て……そんなことより───
「あのフィオナはッ……フィオナがどうなったか知ってますか!? 酷いこととかされて───」
「どうなったかは知らん。我が知っているのは、お前が最後に見た光景と同じく、連れ去られる姿……そこまでよ」
「あ……そう……ですか……」
フィオナ……ごめん。
俺はもう君には会えないけど、どうか生きていてほしい。
守れなくて本当に……ごめん……!
「……まぁ、そう気に病むな。お前はよくやったよ。なんせ、この我と契約出来たのだからな」
「は、はぁ……」
あれ? 今、俺は───
「さて、我の名前だったな。心して聞くがよいぞ? 矮小な……人間よ」
「あ、はい……」
「クックックッ……我が名はルシファー。悪魔を統べる、魔界の支配者である」
「ルシファー……さん? あ、悪魔……?」
悪魔って……あ、あいつが言ってた───
「そう、あの男……バルバロスだったか? 奴が言っていた存在こそ、まさしく我のことである。あの男……どうやら我を探しておったようだが、近くにずっといたのに気付きやしない……ま、当たり前ではあるのだが」
「バルバロス……あれ? やっぱり今、俺喋って……」
さっきから俺が口にしていない疑問に、ルシファーさんは答えていた。
つまり、俺の心を読んで……?
「うむ。我とお前は契約により繋がっている。故に、お前が何を考えているか、なんとなく伝わってくるのだ。そのせいで、さっきからお前の尽きぬ疑問が流れ込んできて、非常に鬱陶しくもある」
「えっ、あ、す、すみません……」
「ふははッ! お前……悪くないな。ちょっと気に入ってきたぞ。さて、では何から答えようか……そうだな……よし! では、まずお前が今どういう状況にいるか、そこから答えるとしよう」
「お、お願いします……」
「うむ。お前は本来なら、もう既に死んでいる。当然だ。あれだけのことをされたのだからな」
そうだ……俺はあれを───
「うっ……おぇっ……!」
思い出すだけで吐きそうになる。
殴られて、蹴られて、斬られて、刺されて、剥がされて、小便を垂らして、泣いて、叫んで……身体中を痛めつけられ、切り刻まれて……最後には頭を割られ、胸に穴を開けられた。
試しにそっと胸に手を置いてみるが、やはり穴はなくなっており、そこにはちゃんと俺の身体があった。
「そう……そして、あれこそが儀式。我と契約するためのな」
「儀式……契約……?」
「おそらくあの男は……我と契約する為に、お前にやったようなことを繰り返してきたのだろう。だが、今までは上手くいかなかったと言っていた。つまり、正確な儀式手順が伝わっておらず、不完全な知識から試行錯誤を繰り返してきたということであろう。そして今回、奴は見事に正解を引き当てた。正しい時、正しい場所で、正しい方法で、正しい状況で行なったそれにより、奴は遂に我を呼び出すことに成功した……だがぁ?」
声が笑っている。
それだけはよく分かった。
「そもそも、奴は勘違いをしている。これは行ったものではなく、行われたものが我と契約する儀式。悪魔とは代償を求めるもの……つまり、ああやって楽しんでいる限り、奴は永遠に我とは会えないのだ! クックックッ! なんと滑稽なッ! 哀れ哀れ……なんとも哀れな男よ! ふははははははッ!」
凄く嬉しそうに、ルシファーさんは笑っていた。
しかし、声が可愛らしいせいか、正直あまり怖くはない。
「さて……そういう訳で、お前は我と主従契約を結んだことになる。当然、我が主人で、お前が従者だ。よいな?」
「はぁ……まぁ……」
「うむ。では次だ。結論から言おう。お前はまだ……生きている」
「えっ? い、生きて……じゃあ、ここは?」
「ここはあの世でもなければ、お前の中にある精神世界でもない。現実世界の延長線上にある……隔絶された異空間なのだよ。ひとまずお前を生かす為に、我がわざわざ作ってやったのだ。身体を治したのも、我が部下に命じて特別に行わせたのだぞ? 感謝しろよ?」
「はぁ……あ、ありがとうございます……」
現実世界の延長線上……隔絶された異空間?
正直よく分からないが、とにかくこの身体はもともとの俺の身体……ってことだよな?
それで、生きてるってことは───
「あ、あの、現実世界で生きてるってことは……俺はまた会えるんですか? フィオナに……」
「まぁ、会おうと思えば……会えるな」
「じゃあ、今すぐここからッ……!」
「あー……それはー…………ちょっと無理かも」
「な、なんでですか!?」
こうしている間にも、フィオナが酷い目にあっているかもしれない……!
「お、お願いしますッ! ここから出してくださいッ! フィオナを……フィオナを助けに……!」
「んーと……そのぉ…………この空間ってすっごく便利でぇ……時間の流れが遅いから、現実世界の一万分の一とかなんですよぉ……つまり、向こうの一分が、こっちでは一万分になっちゃうのね? だからいろいろ出来ちゃうの! ほら便利! あ……で、でね? 最初に現実世界換算で何分って設定して空間を作るんだけどぉ……」
な、なんか話し方が……いや、そんなことより何をもたもたと喋ってるんだこの人は!?
こっちは急いでるって言ってんのに……!
「そ、そんな怒んないでくださいよぉ……ま、まぁ聞いて? でね? 実はルシファーさぁ……ちょっと設定を間違えちゃいましてぇ……」
「……設定を……間違えた?」
「いやほら、久々だったから! 力を使うの! で、あなた死にそうだし、慌てたんですよルシファーも! このルシファーが!」
いやどのルシファーだか知らないけど……!
「そ、それでぇ……とりあえず現実世界の一分で解除する設定にしようとしたら間違えちゃってぇ…………一年にしちゃいましたごめんちゃいッ!」
「……………………え?」
いや、ちょっと待って。
一年……現実世界で一年?
そ、それって……ん?
こ、ここから出るのに一年かかるってこと───
「あ、違いますよぉ? 向こうで経過するのが一年だからぁ……こっちでは…………一万年ですねっ!」
「…………………………………は?」
いちまんねん?
そ、それってつまり……俺は一万年ここにいなきゃいけないってことか?
この何もない場所に?
一万年も!?
「そ、そうだよぉ? でもほら! 向こうでは一年だから! 一年ならフィオナちゃんも大丈夫なんじゃないかなぁ……う、うん! きっと大丈夫ですよ! だ、だからさ! 我と一緒に一万年がんば───」
「…………ふざけんな」
「ひょえっ……お、落ち着こうよアストさぁん……わたっ……じゃなかった……我と君の仲でしょぉ? あ、主従契約! そう! ほら! ねっ? 我が主人で───」
「……黙れ」
「ひッ……」
なんだかもう、この世の全てが頭にくる。
なんなんだこれは。
ただ普通に暮らしていただけなのに、いきなり両親を殺されて、村の人たちも皆殺しにされて、やっと好きだと言えたフィオナは連れ去られて、俺はさんざん痛めつけられて笑われてこけにされて馬鹿にされて小便までかけられてフィオナを泣かされて君の代わりに守るとかほざいてたなあのクソ野郎マジで殺すあの場にいた全員に地獄の苦しみを与えて殺す全ての苦痛と恐怖を与えて後悔させてから殺してやる皆殺しだ絶対に許さない絶対に絶対に絶対に殺すそしてフィオナを取り戻して幸せになってやる許さない許さないああそうだバルバロスとかいうやつは任務だなんだと言っていたから命じたやつも殺さなきゃいけない皆殺しだそれが国王なら国ごと潰してやる殺す殺す絶対に殺す関わった奴らだけじゃなく苦しめる為に俺はなんでもしてやるそうだよな俺だって父さんと母さんを殺されてるんだから当たり前だよな一年か一年だなせいぜい残された一年を楽しむんだなそれが貴様らの余命だ大切に過ごせよクソどもがマジで殺す殺す殺す殺す一千個の肉片に分けて殺す殺す殺す後悔させてやる殺す殺す一千回刺して殺す殺す殺す一千回殴って殺す殺す一万年ってなんだよ殺す殺す殺す一千回命乞いをせてから殺す殺す殺す殺す一千回家族をいたぶってから殺す殺すありとあらゆる苦痛を与えて殺す殺すああああ殺すお前らがやったことだ殺す殺す殺す心を壊してから殺す殺す殺す俺は全員見つけ出して必ず殺す殺す殺す殺す殺す目を抉ってからそこに溶けた鉄を流して殺す殺す殺す殺す溺れさせて蘇生してまた殺す殺す一万年て殺す殺す殺すタマを潰して食わせてから殺す殺す女だろうが関係なく殺す殺す殺す尊厳を全て奪ってから殺す殺す殺す殺す殺すもう殺してくださいと言わせてから殺す殺す殺す殺す一千回肉をちぎってから殺す殺す殺す一千回骨を砕いてから殺す殺す酸を飲ませてから殺す殺す殺す生きたまま輪切りにして殺す殺す一万年我慢してから殺す殺す内臓を引き摺り出してそれで首を絞めて殺す殺す殺すとにかく全てを殺す殺す殺す最後にあの野郎を何年もかけて苦しめてから殺す絶対に……殺す。
「あわわわわ……」
「………いや、ありがとうルシファー。おかげでよく分かった。俺はもう取り繕うのをやめる。完全に分かった。俺は一万年耐えて、あいつらを皆殺しにする。分かった分かった。オーケーだ。何も問題はない……そうだよな?」
「は、はい……おっしゃる通りで……」
「おい」
「は、はいッ!」
「悪魔について、それから契約についても詳しく説明しろ。あと、あのクソ野郎が言っていたお前の昔話についても話せ」
「分かりましたッ!」
分かった……もういい。
もういい全てがどうでもいい。
フィオナ以外、この世の全てが敵だ。
待っててくれフィオナ。俺は必ず君を助けに行く。
一万年後……奴らを、皆殺しにして。




