第37話:疑いの目
「……ひとまず、彼女が起きるのをもう少し待ってみます。少佐、猶予はどれくらいですか?」
『そうだな……移動時間から逆算して……三日ってとこか。それでも駄目なら移動を開始してくれ。正直、今特務課はギリギリのとこにいる。本来なら、俺のクビは飛んでてもおかしくなかったんだが、今までの功績と、あいつのおかげで難を逃れた格好だ』
「そうですか……あの人は今どこに?」
『もう帝都に戻ってる。さっきまで会ってたんだが、ひどく落ち込んでたよ……自分が行けばよかったってな』
「あの人、リリアナさんのこと買ってましたからね……」
『ああ……まぁ、あいつにしか出来ない別の任務があったから仕方ないんだがな。とにかくそういう訳で、俺のクビなんざどうでもいいが、特務課自体がなくなっちまうのは避けたい。だから、無茶はするな』
「……了解です」
『すまんな……じゃ、ターニャが起きたらすぐ連絡をくれ。よろしくな』
「ええ。では……」
通信が切れ、ジェスターはため息をつきながら振り返ると、そのまま二人に視線を向けた。
「聞いた通りだ。三日経って駄目なら出発するぞ」
「ええ……分かりました」
「……了解っす」
明らかに納得がいっていない二人に、ジェスターは小刻みに何度か頷いた後、ターニャが眠るベッドへと近づき、そのまま彼女の顔をじっと見つめる。
ターニャは穏やかな表情を浮かべ、ただ普通に眠っているように彼には見えた。
「正直、ターニャちゃんだけが頼りだ。彼女は軍人殺しとの戦闘を経験した唯一の人間……おまけに、優秀な追跡能力も持っている。絶対に失う訳にはいかない。今まで通り、二人は交代で彼女の側に居てくれ。俺は明日も現場に行って、もう少し何かないか探してみる」
「分かりました……で、ジェスターさんは───」
「ローザちゃん待った……それ以上は言わないで」
発言を止められたローザは、じとっとした目をしながら微かに頬を膨らませる。
その様子を見ていたカサンドラもまた、やはりじとっとした目で彼を見つめた。
「ジェスターさんまさか……びびってんすか?」
「お、お前な……びびるとかびびらないとかの話じゃないの! 俺は状況を考えて……!」
「このままなんもせずに帰るんすか? あたしは嫌っすよ。だって、さっき少佐も言ってたじゃないですか。リリアナさんたちが、まだ生きてるかもしんないって」
「いや、それは……」
「ターニャさんだって、目を覚ましたらきっとおんなじこと言いますよ。自分なら追跡出来る、行かせて欲しいって。付き合いの短いあたしですらがそうなんすから、ターニャさんは多分引かないっすよ」
「それはそうかもしれないけど……さっきの話聞いてたろ!? これ以上は無茶出来ねぇんだって!」
「あら、昔のジェスターさんは、こんな人じゃありませんでしたけどね。独断専行作戦無視は当たり前で、感覚と感情だけで生きてたと思いますけど……隊長になると、人は変わっちゃうんですねぇ」
「ロ、ローザちゃんまで……あーもう! 分かったよ! でも! とにかくターニャちゃんが起きないことにはなんも始まらないからな!? 三日経って駄目なら帰還! ここは変わらない! 少佐の為にも、特務課存続の為にも……分かったか!?」
「ふふっ……了解」
「ま、それが落としどころっすかね。了解っす」
「ったく……」
ジェスターとて、彼女たちと気持ちは同じであった。
なんのしがらみもなければ、このまま捜査を継続し、なんとしても軍人殺しを見つけ出して、攫われた兵士たちの救出や、リリアナたちがどうなったのかを確かめたいと、そう考えている。
だが、あらゆる状況がそれを許さなかった。
今回の失敗を受け、南方司令部が特務課単体に協力することはもうあり得ず、新たな部隊では雑用代わりとして扱われることが決定している。
つまり、特務課単独で自由に軍人殺しを追えるのは、与えられた猶予であるこの三日間が最後なのである。
故に、無茶をしてでも軍人殺しを追いたいところであったが、責任者であるオーガスも、先程冗談っぽく話してはいたが、多方面に頭を下げ続けているであろうことは、ジェスターも痛い程理解していた。
そんな感情と現実の板挟みにより、ジェスターは初めて上に立つ者の責任という、これまで他者に押し付けてきた社会の仕組みを痛感し、初めての部下に過去の自分を重ねるのであった。
「ところで……」
窓際に設置された丸テーブルの側にあった椅子に腰掛けながら、ジェスターはタバコに火をつけると、ふーっと白い煙を吐き出した。
「何度も聞いて悪いんだけど、ターニャちゃんに魔術的な異変は何もないんだよね?」
「ええ……もうしつこいくらいに何度も確認しましたからね。私とカサンドラさんだけでなく、ガラバ駐屯所の方にもお願いして、身体の隅々まで調べましたが、彼女が何かしらの魔術によって操られている可能性はありません」
「めっ……ちゃくちゃ嫌な顔されたっすけどね。マジむかついたっす」
「はは……そりゃ、お疲れ様……」
「確かに基地があーなったのはアレっすけど、必死にやった結果なんすから仕方なくないすか? つーか、悪いのは全部軍人殺しだってのに……」
「まぁ、そうなんだけどね……手の届かない場所にいる諸悪の根源より、身近にいる責めやすい味方の方に悪意は向くもんなんだよ……やり切れねぇけど。それにしても、ほんとよく無事だったよな……けど、だからこそ疑っちまう」
タバコを消し、ジェスターは鋭い眼光で窓を見る。
その視線は、反射したターニャに向けられていた。




