第34話:お話
万が一に備えた符丁。
一言一句違えることなく話さなければ、通信は即座に打ち切られ、彼女たちは全ての痕跡を抹消し、城を去る手筈となっている。
『この先、ちょっと忙しくなりそうでねぇ……いつもより早く連絡しちゃった。驚かせちゃってごめんね』
「いえ……むしろ、よかったかもしれません」
レイナがアンジュに目配せすると、頷いた彼女は急いで部屋を出て行った。
『ほぉ? 何かあった?』
「実は───」
──────────────────
『へぇ……そう……あの状態から……』
「はい。この一ヶ月で、状態が百八十度変わりました。一年近く、死にたがりの廃人だったのに、です」
『うん……で、君の考えは?』
「は……おそらく、我々のうちの誰かが、あの者の世話をする際に何かを話した……その内容により、死から生へ意識転換が行われたものと推察します」
『だろうね。君の報告が正しければ、それ以外に説明がつかない。まぁ、生きてくれるならそれでいいんだけど……気にはなるね』
「はい。私とアンジュに心当たりはありません。今、残りの二人をこちらへ。あの、閣下……気づくのが遅く、まだ話を聞けておりませんでした。申し訳ございません」
『いやいや、君らはよくやってるよ。というか、僕の読みだと気づいたのは……まさに今だったんじゃない?』
まるで見ていたかのように言い当てる彼に、レイナは思わず息を呑む。
そして、気づかれぬよう、溢れ出す恍惚の感情に身を委ね、身体を小刻みに震わせた。
「は、はい……おっしゃる通りです……閣下……」
『ん、僕が早く連絡しなければ、もっと明確な答えを君は用意していた筈だ。君なりのね。やっぱり、君らに任せて正解だったよ』
「あっ……きょ、恐縮ですっ……」
彼女の頬を涙が伝うのと同時、部屋の扉が勢いよく開き、アンジュが残る二人を連れて中へと入ってきた。
レイナは慌てて目をこすりながら通信機を操作し、全員の声が聞こえるように設定する。
彼女がちらりと連れてこられた二人の様子を見ると、二人がひどく慌てていたことを表すかのように、両名共に下着姿のままで、髪もまたボサボサの状態であった。
「閣下、二人が参りました」
「お待たせして申し訳ございません!」
「も、申し訳ござまっせんっ!」
通信機の前で何度も頭を下げながら、後から来た二人は謝罪の言葉を述べる。
『や、お休みのとこ悪いね。ダリア君、エリー君」
「とんでもございません!」
「ま、ません!」
はきはき答えるダリアと、それについていくエリー。
そこにレイナとアンジュを加えた、この四名がフィオナの監視役である。
年齢は全員同じ二十ニ歳。
また、全員が女性なのは、別に女であるフィオナを気遣った訳ではなく、美しい彼女に魅了され、籠絡されないようにする為にバルバロスが行った処置であった。
『話は聞いてる?』
「はっ! こちらに向かう道中で、アンジュ少尉より伺っております!」
「ま、ますっ!」
『よろしい。で、どうかな? 何か話した記憶はある?』
「自分はありません!」
『んっふっふっ! 単純明快……実にダリア君らしいね。じゃ、エリー君は……どう?』
「あっ……あ、あの……うちは……」
目を泳がせ、しどろもどろになるエリーの背に、レイナがそっと手を添える。
涙をいっぱいに溜めた瞳を向けられたレイナは、微笑みながら彼女に頷いてみせた。
「う、うちは……いっぱいお話を……せ、精神医学の観点からっ! このままだと肉体が精神に引っ張られてダメになると考えっ……え、栄養失調に加えて強いストレスが作用し多臓器不全にっ……の、脳も大きなダメージを受けて萎縮してしまうからっ……な、なのでうちは……いっぱい話しかけてしまいましたっ! も、申し訳ありません!」
『……ん? なんで謝るの?』
「へ……?」
『いいことじゃない。何がどう作用したかは分からないけど、彼女は自称行為をやめて正常になった。知っての通り、僕としては彼女に死なれちゃ困るんだよ。だから、君は何も悪くない。むしろ、今目の前に君がいたら、抱きしめてあげたいくらいだよ』
「えっ!? わっ……わっ……!」
『ふふっ……ジョークだよ。さて、エリー君が彼女を変えたことは分かった。あとは、何を言ったかが知りたいんだ。今から約一ヶ月前に、どんな話をしたか覚えてる?』
「え、えと……ご、ご飯の話とか、哲学の話もしたし、好きな本……あ、ドラゴンの話も……いや、関係ないな……あーうぅぅっ……いろんな話をしたからなぁ……」
『んー……そうだなぁ……例えば、一ヶ月くらい前に、巷で話題になってた事件とか……どう?』
「じ、事件……ですか?」
この時、レイナは直感する。
具体的で限定的なその質問で察したのだ。
"このお方は、既に答えを知っている"と。
「事件……事件? あ……し、しました! 例の……"軍人殺し"の話を! こ、細かな内容は覚えていませんがっ……帝都新聞に載ってる程度の話はしたと思いますっ!」
帝都新聞は、アレクサンドリア国軍の機関紙であり、中には一般市民に公表されていない情報が記載されることもあった。
とはいえ、軍の内部機密に抵触するレベルのものでは到底なく、内容を話すことは別段罪にならない。
『そう……いつ頃話したか覚えてる?』
「は、はい! 話した日だけは正確に分かります!」
『んん? そりゃまたなんで?』
「実はその……被害者の中に、訓練時代の同期がいたんです」




