第30話:正義
「呪い? いや、何かをされた感覚はなかったが……」
「あ、いや、単純にアストさんの心を弱らせようとしてたというか、迷わせて迷わせて、アストさんを止めようとしてたんじゃないかってことです。だから、あの人の言葉を気にしたら負けですっ! 無視です無視っ!」
鼻息を荒くしながら、両拳を胸の前で握りしめる彼女に、アストは驚いた表情を浮かべる。
「……お前、やっぱりほんとは頭いいんだな」
「んなっ!? ほ、ほんとはってなんですか! 私はもともとバカじゃないですっ!!」
「……どう思う? レヴィア、グシオン」
「な、なんでそこで私らに振るんだよ……!」
腕を組み、我関せずを決め込んでいたレヴィアは、慌ててアストの方を見た後、グシオンへと視線を向けた。
「し、子爵の私には量りかねますので、公爵のレヴィア様……どうぞ」
「き、汚ねぇぞグシオンてめぇっ……!」
「どうなんですかレヴィアっ! 答えなさいっ! 王の命令ですよっ!」
「おまっ……んなもんに王の命令を使うな! ご、ごしゅじーん……」
困り顔のレヴィアに苦笑で返すと、再びアストは眼下に広がる光景をじっと見つめる。
基地は敷地内全てが激しい炎と噴煙に包まれており、それをなんとかしようと、どこからか現れた多数の兵士たちが、慌ただしく動き回っている様が見えた。
「……やっぱり周りを固めてたか。で、最初の爆発、あの男の一撃……そして、さらに巨大な爆発の三段構え……レヴィア、最後のは魔力を感じなかったよな?」
「ん、ああ……」
魔石の暴発を利用した最初の爆発に関しては、地中から発せられる魔力の気配により、アストも最初から気づいてはいた。
故に、余裕を持って魔術による防御を展開し、難を逃れていたのだが、最後の爆発はまったく気づけず、下手をすれば死んでいた可能性すらあった。
「情けねぇ話だが、あの強烈な光が見えるまで、まったく気づかなかったわ。王様が助けてくれてなかったら……結構やばかったかもな」
「……だな。おそらく、最初からあれで決めるつもりだったんだろう。初撃は分かりやすく、気づかれやすくして、二発目を本命だと思わせる。そして、最後に魔力を使わないアレで仕留める……完全にしてやられたよ」
「んー……それにしても、あれはなんだったんですかね? ものすごい威力でしたよ?」
「魔術じゃないとすれば、おそらく火薬とか、兵器の類いなんだろうが、あそこまでのものを俺は知らない。まぁ、もともと山奥に住んでたし、そういったものには疎いんだよな。今後は魔術以外にも気を配らないと……グシオン、彼女は?」
「は……ルシファー様にお渡しを」
「預かってまーす」
「よし……そいつから聞くとしよう。二人はご苦労だったな。また頼む」
「承知しました」
「あいよ。また呼べや」
二人の悪魔が消えた後、アストはまた一つため息をついた。
魔法使いでもない、それもたった三人の敵にここまで苦しめられたという事実に、少なからず落胆していたのである。
無論、結果だけを見れば、彼は無傷であり、多くの情報も手に入った。
故に、この一連の動きは成功だったと言える。
しかし、これから先のことを考えれば、手放しで喜べない状況であるのは間違いなかった。
「……ルシファー、俺はあまっちょろいかな」
「はい」
「そ、即答かよ……」
「だって、実際そうですし。会話なんかせずに、ちゃちゃっとやっちゃえばよかったんですよ。そしたら、相手も仕込んだものを使えなかったかもしれませんし」
「それは……まぁ……」
「話を聞きたかったのは……まぁ、分かります。あの人には妙な魅力があったし、頭も切れて、何よりユーモアに溢れてましたから。でも、惑わされる必要なんてないんですよ。私は知ってます。あなたが、なんの為に強くなったのかを。お父さんとお母さんの仇を討つんじゃないんですか? そして、フィオナさんはまだ生きてるんですよ?」
「お前……」
「あんな……今日あったばかりの人に何が分かるっていうんですか? 私は一万年あなたの側にいた……ずっと見てきました。あなたを。決めたんでしょ? だったら、負けちゃダメです。あなたは正義のヒーローじゃないけれど、あなたの正義は……ここにあるんです」
ずいっと、ルシファーは鼻と鼻が当たる程の距離まで顔を近づけ、アストの胸を叩いた。
その言葉と、微かに潤んだ彼女の瞳に、アストは驚いた表情を見せた後、グッと唇を結んだ。
「……悪い。その通りだ。お前が全部正しい」
その言葉を聞いて、ルシファーはにこっと微笑んだ。
つられるように、アストもまた頬を緩ませる。
「ありがとな……ルシファー。初めて、お前は本当にすごい王様なんだなって思ったよ」
「ふふん……ん? 初めて? あの、今までは……?」
「なんでこんな天然ボケが上に立てるのか不思議でしょうがなかった」
「んなっ!? そ、そんなふうに思ってたんですね……」
「……冗談だよ。さて、そろそろ行くか」
「むー……まぁいいや……で、どこに向かうんです?」
「この街から離れるだけだ。情報を引き出す為に、お前の空間を貸してくれ」
「それはいいですけど……私の力が不安定なので、私たち自身が入るのは、結構なリスクになっちゃいますよ?」
この世界に来てから始まったルシファーの不調は、解消されることなく今日までずっと続いていた。
故に、彼らは自分たちが自ら入ることはせず、復讐の対象者などの、どうなってもいい相手にしか使っていない。
「それは分かってるんだが……あまり時間がないんだ。奴らがそれに気づく前に、なるべく早く行動したい」
「はぁ……まぁ、よく分かんないけど分かりました。なら、なるべく短めの設定でやりましょう。それならまだいい筈です」
「よし……行こう」
「あ、はぁいっ」
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とある街にある、高級別荘地。
山の斜面に沿って、いくつもの豪邸が建ち並ぶその頂上に、今は使われていない、白く美しい城があった。
国の管轄下にあるその城は、定期的に清掃や修繕が行われ、建設から百年が経過した今も、美しい状態のまま、かつての城下街を見下ろすように鎮座していた。
そして、その地下に───
「食事の時間だ」
軍服を着た女は、鉄格子に設置された差し入れ口から、トレイに乗せた食事を中へと入れる。
ベッドに座っていた彼女は、読みかけの本に栞を挟むと、ゆっくりと視線を向けた。
「ふふ……これはまた、随分なご馳走だ」
───そう、フィオナである。




