第29話:本質
「……あんたまさか」
アストは、自身に向けられたその視線を逸らさないことで答えた。
それを理解したリリアナは、額に手を当てて目を閉じた後、一つため息をついた。
「……何故ターニャなんだい。情報が欲しいってんなら、階級が上の私にすりゃあいいじゃないか」
「俺が使おうとしている術には、効きやすい奴と、そうでない奴がいる。あんたはおそらく後者……それだけのことだ」
「ちっ……そういうことかい。なるほど……どうやら、私はここまでってことだね」
身体に纏っていた魔力を消し、腰に手を当てたリリアナは、自嘲気味な笑みを浮かべる。
そして、ライリーの亡骸へと目を落とした。
「……悪かったねライリー。あんたの意見を尊重しときゃよかったよ。まぁ、私も今からそっちに行くし、ターニャもそのうち来るだろうから、そしたらまた……」
彼女は天を仰ぎながら深く息を吸い、そして今度は、地面に向かってゆっくりと、長く息を吐いた。
そんな彼女に向けて、アストは手を伸ばしながら口を開いた。
「じゃあなリリアナさん……あんたのおかげで、俺は自分の甘さを認識することが出来た。次からは───」
「いいやぁ?」
アストの言葉を遮り、リリアナは顔を伏せたままそう言った。
そして、その声は確かに、笑っていた。
「あんたはまたやるよぉ? だって、今また同じことをしてるじゃないか……そうだろ?」
「……ッ!」
顔を上げた彼女は、まるで見下すように首を傾け、その口角を限界まで釣り上げて笑っていた。
それは、彼を馬鹿にしているようでもあり、また哀れむようでもあった。
「クックックッ……あんた、社会で生きた経験がないね? 想像力が欠如してるというか、奥行きがないと言った方が正しいか。私が思うにあんたは、ずっと閉じられた世界で生きてきたんじゃないかい? おそらく、復讐に目覚める前は、どっかの小さな村で普通に生きる、素朴で真面目な好青年だった……どうだい?」
「……」
「おや、図星かな? まぁいいさ……で、復讐の為に強くなり、精神的にはタフになったけど、あんたの土台はそのままだった。経緯は分かんないけど、普通じゃない環境で、異常な鍛え方をしたね? かわいそうに……歪み切ってもう戻れないくせに、変なとこに良心がくっついちまってるせいで、言ってることとやってることが矛盾しちまってるよ。で、厄介なのはそれに気づいてるのに、正しい答えが分からないからどうしようもないってことだ。だからこそ、私の話を聞きたくて仕方がないんだねぇ。普通で、平凡な、ただのありふれた人間として生きてきた私に、自分がどう見えるのか、どうすればいいのか……答えを教えて欲しくてね」
「……何を言ってるか、理解出来な───」
「分かってるくせに……導いてくれる奴がいなかったんだねぇ。だから、あんたは自分で考えるしかなかった。けど、そういったもんには経験が必要なんだ。失敗するから人は成長する……そんな、今さら口にするのも恥ずかしい文言を、あんたは知らずにそこまでいっちまったんだよ。それを学ぶ機会もなく、教えてくれる奴もいなかった……哀れだね」
「もういい……!」
「まぁ聞きなよ……所詮、もうすぐ殺される人間の戯言さ。で、あんたの身に何が起きたのかは知らないけど、余程のことがあったってことは、あの現場を見りゃ分かるよ。親か、友人か、恋人か……あるいは全部か。人生の全て……なんもかんもをぶっ壊されちまったんだろう。だからこそ、復讐の対象には容赦ないが、そうでない奴には甘くなるんだね。それでも、そうしなければ目的を果たせないから、仕方がないから殺せはする。けど、正しいと思ってないから悩む……それが罪悪感だ。あんたは無意識のうちに、罪の意識に苦しんでるのさ……ははっ! 生き地獄だねぇ……同情するよ」
「黙れ……!」
「怒ってもないくせに……そんな顔したって無駄だよ。でも、まぁ……かわいそうだから次で最後にしてやろうかねぇ。一つだけ教えといてやるよ。いいかい? ……敵の話を真面目に聞いてんじゃないよ……馬鹿が」
瞬間、閃光が走った。
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「……ちっ」
アストは忌々しげに、空中から眼下に広がるその光景を見つめていた。
基地全体が爆炎に飲み込まれ崩壊した、その光景を。
「危ないとこでしたねぇ……」
隣に浮かぶルシファーがそう言うと、アストは彼女を睨みつけた。
「……手を出すなって言ったろ」
「だ、だって……出さなかったら死んでたかもですし……」
爆発の直前、ルシファーはアストたち三人を転移させ、基地上空へと移動。
爆発に巻き込まれるのを回避させていた。
「そ、それに! 敵には手を出してないもんっ」
頬を膨らませ、ぷいっと顔を背けるルシファーにため息をついたアストは、再び視線を落とし───
「……負けたなぁ」
そう、ぽつりと呟いた。
「目的は果たしましたが……気分的にはそうですね」
「ああ……クソ女ってのは、撤回しといてやるか。ありゃ、いい女だった。完敗だ」
「え? 負けたんですか? なんで?」
一人だけ理解出来てない彼女に、三人は同時に肩を揺らす。
そして、アストはため息混じりに口を開いた。
「あの人は、俺の本質を見抜いた。たった数分……いや、俺の残した痕跡だけで、簡単にそこまで辿り着いたんだ。そこを突かれた俺は、何も言い返せなかった……そして、だからこそ最後まであの人を殺せなかった。全部、あの人の言う通りだったからな」
「んー……でも、本質と真実は違いますよ? 本質は変わるけど、真実は変わらない。あの人はアストさんの真実を知らないし、その苦しみも知らないんです。だから、何を言われても気にする必要なんかないですよ。あの人自身が最後に言ってたじゃないですか。敵の話を真面目に聞いてんじゃねーよ! アストさんのクソバカアホマヌケいじわるっ! って」
「……そこまでは言われてない。つか、お前って……たまに芯食ったこと言うよな……馬鹿なのに」
「ば、馬鹿じゃないですぅ! これでも魔界の王ですぅ! っていうか、あの人はアストさんに、呪いをかけようとしただけだと思いますよ」




