第28話:二重
「ひゃ、百年……だと? 戯言を……!」
「嘘じゃない。まぁ、他にも並行していくつかの魔術を鍛えていたから、全ての時間を注ぎ込んだ訳じゃないが……それでも、あんたより上なのには違いないよ」
「……ッ!」
ライリーは何も言い返せなかった。
事実として、結果として、彼の硬化魔術はアストの使うそれに敗れている。
すると、項垂れる彼を庇うように、今度はリリアナがその前に立った。
「あんた本当に……何者なんだい?」
その問いかけに、アストは首を左右に振った。
「時間稼ぎはもうしなくていい。連絡すれば分かる。それにもう意味がないということがな」
「……なんだって?」
「ふぅ……さすがに、同時召喚は疲れるな。体力と魔力をごっそり持っていかれる……さっさと終わらせよう」
「おい……ターニャをどうした」
目を見開き、拳を握りしめるライリーにアストは、やはり冷たい眼差しを向けた。
そして───
「さっきも言った通り……連絡しても、相手はもう出ない……ということだ」
そう、静かに答えた。
「き……貴様ァァァァアッ!」
怒りのままに、ライリーは雄叫びを上げながら走り出した。
いや、正確には、走り出そうとしたが正しい。
「……え……? う……ごぽっ……」
「ラ、ライ……ライリー……あん……た……!」
血のあぶくを吐きながら、地面に倒れた彼は、何故か言うことを聞かない身体を強引に動かし、訳のわからぬまま本能的に、背後に立つ彼女へと視線を向ける。
その隣に、彼は自分の下半身を見た。
「な……あ……リ…………ア……さ……」
そうして、彼は動かなくなった。
唐突に、なんの脈絡もなく、彼の胴体は上下に切断され、辺りに血の匂いが広がっていく。
その前で、リリアナはただ呆然と立ち尽くしていた。
何が起きたのか分からぬまま、悲しみも怒りも、何もかもが追いつくことのないままに。
「ご苦労だったな……グシオン」
「ッ!」
アストの声で我に返った彼女は、呼吸を必死に整えつつ、微かに下がりながら目の前に立つ三人を睨みつけた。
「は……」
主人からの労いの言葉を受け、いつの間にかそこにいた彼は、その場に跪いてこうべを垂れる。
そして、黒いロングコートに空いた穴から出ていた、灰色の毛並みが美しいその大きな尻尾を、微かに左右へと振った。
「お、狼……人間……?」
身体は人間。顔は狼。
それが、契約者に忠誠を誓う悪魔の猟犬、グシオンである。
「あったか?」
「はい。こちらに……」
グシオンは灰色の体毛に覆われた手を懐に入れ、鋭い爪で摘んだ髪の束をアストへと差し出す。
それを見たリリアナの表情が、みるみるうちに曇っていった。
「そういう……ことかい……!」
「ああ。あんたの考えている通り、俺はされたことを返している最中だ。そいつらの顔は全員知ってるんだが、残念ながら名前も居場所も分からない奴が大半でね……今までは、たまたま見つけた一人目から情報を聞き出し、その次、またその次と、居場所を吐かせてきたんだが、さすがに行き詰まってな。どうしようかと考えていた時に……」
「私らの……存在を知った……」
アストはゆっくりと頷く。
そして、リリアナは全てを察し、拳を強く握りしめた。
己の浅慮さに、呆れ果てながら。
その前で、アストはリストに目を通し始めた。
「うん……このリストが欲しかったんだ。俺たちを追う為には、今までの被害者と共通点のある者たちがいる街を見つけなけりゃならない。あんたは本国のエリートだ。情報を出させることは容易だろう。まぁ、地域は限定的だが……今までに比べたら十分な量だ」
「ちっ……あの時の違和感はこれか。やだねぇ……ほんとに……」
「フッ……あんたは気づいていた筈だ。あの痕跡が、罠であることを。ただ、手がかりがあれしかない以上、必ず乗ってくると思っていた。だから……」
「二重尾行……だね」
アストは再び頷く。
そして、グシオンに視線を送った。
「厳密には違うが、まぁ似たようなものだ。彼は目立つ見た目をしているが、本気を出せば、俺ですら気づけない程の隠密と追跡のプロだ。あんたらが気づかないのも無理はない」
「追っていたつもりが、追われていたのは私らだったって訳だ……じゃあ、あんたは最初から全部知ってたんだね?」
「いや、全部じゃない。あんたらがこの街に着いたのを確認した時点で、グシオンは一旦引き上げさせたからな。仕込んであったものは知らなかったよ」
「……何故だい? そんな必要は───」
言葉を詰まらせ、リリアナは天を仰いだ。
それを見たアストは、三度頷いた後、静かに口を開いた。
「ケニーはもう、この世にいない」
「…………くそ」
アストは全てを読んでいた。
彼女たちが自分を追うということも、被害者候補のリストを手に入れることも、何かしらの罠が待っているであろうことも、そして───
「当たり前のことだ。殺されるかもしれない奴を、わざわざ基地に残したりなんかしない。まず間違いなく、何かしらの方法で逃がすと踏んでいた。だから、グシオンに探らせ……報いを与えた」
これで十二人。残るは九百八十八人。
彼とてこのやり方が、いかに効率の悪い方法であるかということに気づいていた。
だからこそ、今回の方法を思いついたのだ。まとまった情報を得る為に。
また、それが成功したことにより、
「ケニーだけじゃない。他の兵士たちもそう……邪魔になるのは目に見えてる。とっくに退避済みなのは分かってるよ。じゃなきゃ、こんな派手に戦えないからな。門番をやってた兵士たちも、今はもういないみたいだし……さて、もういいか?」
「……私から情報を抜かなくていいのかい? 拷問でもなんでもすりゃあいいじゃないか」
「フッ……あんたは吐かないよ。そもそも、あんたは俺の目的じゃないしな。苦しませるつもりはない。まぁ、拷問なんかしなくても話させる方法はあるが……それも、一人いれば十分だ」




