第27話:大女
ライリーは上から、リリアナは下からそれを見ていた。
突如として現れた、その巨大な女の姿を。
「しょ、召喚魔術ッ!? あり得ない……あんたの魔力は封じて……!」
「ああ……こいつは魔術じゃなく、契約の履行だ」
その言葉の意味を理解出来ぬままに、リリアナは再度視線を上へと向ける。
目算で約三メートル。
長いブロンドの髪を靡かせ、恥部を覆う最低限の白い布のみを纏う筋骨隆々のその大女は、異常に隆起した上腕二頭筋を見せつけるかのように、両腕を天へと向けて伸ばしていた。
そして、その開いた両手から青みがかった円状の幕を展開し、ライリーの放つ致死の一撃を完全に受け止めていたのである。
「な、なんなんだいこいつはッ……!」
「あぁん!?」
ギロリと、彼女はリリアナの分身体を睨みつける。
「こいつ呼ばわりしてんじゃねぇぞクソ女ァッ! こっちはいきなり呼び出されただけでもイラついてんのに……つーか! なんちゅう状況で呼んでんだてめぇはコラァッ!」
その美しく、清純で麗らかな印象を受ける容姿とは裏腹に、彼女はまるでスラム街の娼婦が如く、口汚く喚き散らす。
アストは、そんな彼女を見てクスリと笑うと───
「悪いな……頼れるのが、君しかいなかったんだ」
じっと彼女の目を見つめながらそう言ったアストに、キョトンとした表情を浮かべる彼女の顔が、次の瞬間みるみると赤く染まっていく。
「お……おん……」
そのまま恥ずかしそうにそっぽを向くと、ぶつぶつと何かを呟いた後、さらなる魔力を放出しながら、今度はライリーを睨みつけた。
「おい、てめぇ……!」
「ぐッ……うッ!?」
上から押し込んでいた筈が、逆に下から突き上げられるようなその感覚に、ライリーの口から焦燥が漏れ出る。
「いつまでのしかかってんだ……あぁ!?」
「こ、こんなッ……!」
「いい加減ッ……吹っ飛べオラァァァアァァアッ!!」
怒りの咆哮とともに、彼女が展開する障壁が一気に広がり、そのままライリーを弾き飛ばした。
「くッ……!」
空中で身を翻し、自身にかけた魔術を解除しながら、ライリーは大きくひび割れた地面に着地すると、そのまま両の拳を前へと構える。
その額からは、大粒の汗が滲み出ていた。
「ふん……で? 私めは、お次に何をすればよろしいんでしょうか……ご主人様?」
「フッ……じゃ、俺ごとこいつをぶん殴れ」
「ッ!」
「オラァッ!」
一切の躊躇なく、彼女はその剛腕をアストの腹部目掛けて振り抜いた。
けたたましい音を奏でたその一撃により、彼を覆っていた黒い影は破裂するように霧散し、アストは血を吹き出しながら空中へと吹き飛んでいく。
「ごふッ……代償を捧げる……」
空中で静止した彼は、そのまま驚愕の回復者の能力を使用。
払った代償と、受けたダメージを瞬時に回復すると、そのまま彼女の側へと舞い戻った。
「助かったよ……レヴィア」
「ほー……随分とご無沙汰だったくせに、私の呼び方を覚えてやがったか」
彼女の名はレヴィアタン。
ルシファー傘下の一人であり、数多いる悪魔たちの中で、最強の盾を持つ者である。
今の人間の姿は仮初に過ぎず、彼女が使用する能力は、その元の姿に由来するものであった。
また、彼女は自身の名があまり好きではなく、他者には自分のことを"レヴィア"と、そう呼ばせている。
「忘れてたら……ブチギレるとこだったぜ?」
「……知ってるよ」
そして、これを破った場合、彼女は元の姿へと変貌し、見境なく暴れ回る破壊の権化と化す。
その間の記憶は一切なく、彼女には"キレた"という感覚だけが残る。
以前、アストが不用意に彼女の本当の名を呼んでしまった時は、ルシファーを含めた複数の悪魔たちでなんとか抑えた程であった。
そんな彼女の階級は───"公爵"である。
「さて……」
アストは彼女の前に立つと、険しい表情で拳を構えるライリーを一瞥し、辺りを見回すように視線を流す。
そして、地面にあった一つの影をじっと見つめた。
「そこにいるんだろ……リリアナさん」
「……バレバレかい」
その影から声が漏れるのと同時に、リリアナがゆっくりと姿を現した。
「あれだけ精巧な分身体だ。近くにいて、あんた自身が操作してなきゃおかしいからな」
「まったく……本当に厄介な相手だよ……あんたは」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。俺は、分かっているつもりになっていただけだった。痛感させられたよ……あんたが言う通り、俺は甘かった……だが」
「「ッ!」」
直後、彼が放った膨大な量の魔力が、その言葉の先を告げていた。
「ふー……」
リリアナは魔力を練り上げながら、右のこめかみに指を───
「うぉおぉッ!」
「バッ……!」
"バカ"と、リリアナがたった二文字の言葉を吐く間も与えず、ライリーは大地を蹴った。
それと同時、アストもまた前へと出る。
そして、両者は拳を振りかぶると、まるで示し合わせたかのように、右のストレートを同時に繰り出した。
「がッ……あッ……!?」
金属と金属が激しく衝突するかのような、そんな轟音が鳴り響いた直後、弾き飛ばされたライリーは、右の手首を抑えながら苦悶の表情を浮かべ、地面に膝をつく。
その震える手の甲からは、皮膚を突き破った白い骨が見えていた。
「バカ……なッ……お、俺がッ……!」
「打ち合いに負けたのは初めてか? 俺は何度もある……あんた、硬化魔術をどれくらい鍛えた? 五年か? 十年か? ……俺は、百年だ」




