第25話:会話
「……なるほどな」
魔術陣を一瞥し、アストがそう呟いた次の瞬間、窓ガラスが割れる音と、激しい爆発音、そして凄まじい衝撃波が同時に起こった。
それに合わせて巻き上がった爆炎は、そのまま左右にある三階建ての兵舎を越える程にまで伸び、強烈な光を辺りに放つ。
「ふぅ……ちょいと、やり過ぎだかねぇ」
舞い上がった砂混じりの噴煙と、周りの草木に飛び散った炎を静かに見つめながら、爆発の直前に後方へと跳んでいたリリアナは、そう呟きながらゆっくりと立ち上がった。
『隊長、お怪我は?』
その時、リリアナの頭の中に、ライリーの声が流れてくる。
彼女は右手の人差し指と中指を立てると、そのままこめかみへと当てた。
『ないよ。今のところはね』
念話魔術。
一つの塊から採れた魔石を互いに所持し、それを媒介とすることで思念を飛ばす魔術。
長距離の交信は不可能だが、小さな街程度の範囲であれば、問題なく会話することが可能である。
『それは何より───なッ!?』
『……あんたも感じたかい?』
その時、二人は同時に気づく。
まだ、終わっていないということを。
『ライリー……間違いなく当たってたよねぇ?』
『……ええ。仕込んでおいた隊長の魔術で動けなくしてから、この基地の人間から集めた膨大な魔力……それを全て込めた魔石を暴発させました。あれだけの爆発……回避も防御も不可能だった筈です』
『そうだよねぇ……なら、この魔力はなんなんだい?』
いまだ大量に舞い上がる噴煙の中から迸るその強大な魔力に、目を見開いたリリアナの頬を汗が伝った。
そして───
「……ッ!」
噴煙が一瞬で消え、抉られた地面の上に浮かぶアストが姿を現す。
その右手には、周りにあった煙や炎が小さな球体に圧縮された状態で握られており、それを無造作に潰して霧散させると、彼はやはり冷たい目をリリアナへと向けた。
「この程度じゃ……俺は死なない」
「……みたいだね」
『ターニャ撃て』
その光景をアストの五百メートル後方、駐屯所本館の屋上から見ていたターニャは、ライリーの指示を受け、即座に魔力を両手へと集中させる。
そうして、魔力から生み出した弓を構え、渾身の力を込めて弦を引き絞った。
「……"雷轟の射手"」
放たれたのは雷の矢。
雷鳴と同等の速さで飛翔するそれは、死角となるアストの後頭部めがけて一直線に───
「……えっ?」
"総毛立つ"という言葉の意味を、ターニャは生まれて初めて真に理解する。
己の魔術が当たると確信した刹那、彼女は身体中のあらゆる体毛全てが逆立つような悍ましい感覚に囚われていた。
まるで心臓を鷲掴みにされたかのような、あまりにも濃厚で具体的な死の予感。
「うそ……」
この距離ならば、誇張なく瞬きする間に命中する筈のそれを、アストは振り返りざま容易く掴み取り、そのまま粉々に握り潰す。
そして、その冷たい視線が、ターニャをとらえた。
「あっ……」
「"影の連鎖反応"ッ……!」
アストが動こうとした瞬間、その身体に地面から伸びた黒い鎖が幾重にも巻き付いていく。
遂には顔以外全てを鎖が覆い尽くし、完全にアストの身体を空中で固定した。
その隙に、ターニャは屋上から移動を開始する。
「おー……影魔術か。変なもんを選んだなリリアナさん……だが、見事だ」
「……お褒めに預かり光栄だよ」
リリアナの使うそれは、周囲にある影へと魔力を流し、自由自在に操ることを可能とする。
魔力によって変質した影は次元の枠を超え、物質に干渉することが出来るようになり、その形も無形故に無限であった。
「いや、実際いい腕だ。それにしても、あんたは縛り付けるのが好きみたいだが……束縛し過ぎるのはよくないぜ?」
「ハッ……こう見えて私は尽くすタイプでねぇ。なんでもかんでもしてあげたくなっちまうのさ。そのまま動かないでくれるんなら、吐息混じりのあまーい耳かきでもしてやるよ」
「フッ……そりゃいいかもな。けど、分かっただろ? ……俺の身体に触れて」
「……」
リリアナは答えず、影へと流す魔力をより一層強めた。
それは、本来であれば、このまま締め殺すことなど造作もない程の力を持つ魔術。
しかし、アストは涼しい顔を浮かべたまま───
「まだ、やるんだな?」
そう言って振り返り、やはりその目をリリアナへと向けた。
まるで、"力の差を理解しただろ?"と、そう言いたげに。
しかし、それを見たリリアナは不思議に思った。
「……なんだい? 随分とお優しいじゃないか。ますます想像とは……あー、なるほど? あんた……まだ人間でいたいんだ」
ピクリと、アストの眉が微かに動く。
「何があったかは知らないけどねぇ……あんたは復讐の為に初めて人を殺した。そして、殺して殺して殺し続けて、あんた自分で自分が分からなくなったんだ。ま、さっきも自分で言ってたしね。はっきり言ってやろうか? あの三人は、あんたにとってなんの関係もない他人だった。迷ってるんだよあんたまだ……これでいいのかってね」
「……違う」
「そうさ。だって、あんたは私との会話を楽しんでる。ひょっとして、お仲間以外との会話は久しぶりなんじゃないかい? そりゃお仲間はあんたを肯定するさ……仲間なんだから。で、確かめたくなったんだ。自分が正しいと、他人の私に認められたいと……そう思ってね」
「……あんたに何が分かる」
「だからぁ、分からないって言ってるだろう? あんたとはなんの縁もゆかりもない……ただ真っ当に生きてるだけの……私にはね」
アストはそれを聞き、目を閉じて一つため息をつく。
それは呆れから来るものではなく、まさに今彼女が言ったことを肯定するかのような、弱い吐息であった。
しかし、彼が再び目を開けた時、リリアナはうなじにざわりと、嫌なものを感じた。
「言った筈だ。何も……変わりはしないと」
「ッ!?」
直後、影の鎖が弾け飛び、アストの姿が消える。
そして───
「がッ……ふッ……!?」
彼女の胸に、黒い刃が突き立てられていた。




